「墓場への切符」 ローレンス・ブロック (二見文庫)



 誤って少女を撃ち殺した経験から、警察を辞めた過去を持つ無免許の私立探偵、マット・スカダー。かれを主人公にしたシリーズ物の8作目です。ブロックというと、泥棒バーニーシリーズも有名だけど、わたしはスカダーのほうが好きなのです。でも次々出版されるハードカバーを購入する余裕はなかったもので、つい文庫待ちになっていた。ようやく一冊買いました。それがこれ。
 ハードボイルドというのならハードボイルドかもしれないけど、ここにあるのはそれだけでない。ハードボイルドという区分けに敬遠されてしまうなら勿体ないと思います。サスペンスも恋愛もサイコホラーの要素すらあるんだから。わたしはなによりもマットの弱さとその芯にある気高さが好きなのだ。人間的なずるさを持ち合わせながらも、けっして卑には落ちない、そのプライド。だからかれは酒をやめることができたのだな。こんな高い評価を受けているシリーズに、キャラクターとか会話の妙を褒めるのはいまさらかもしれない。でも、ところどころに過去にも出てきたキャラクターが姿を見せたり、その関係の変化に時の流れを感じさせたりというあたりが、とても上手いです。女性キャラにしても、決して都合のいいキャラではない。
 さらに、P418でわたしは泣きました。わたしもマットとともに祈った。「信じればひとはどんなことでもできる」というその言葉の空しさを知り尽くしているマットが、それでもなおかつそう願わざるをえなかったその真摯な気持ちに涙しました。
 ただ、難点があるとすれば、〈ネタバレ〉モットリーを自殺にみせかけて殺してしまう〈ネタバレ〉のが、前々作「聖なる酒場の挽歌」でも使ったネタじゃないですかー?ということかな。でもわたしもこのラストでなかったら安心できなかったと思う。それだけモットリーというキャラクターは不気味な存在でした。関係ないですけど、このシリーズにちょくちょく顔を出すミック・バルー、わたしのイメージは西原理恵子の描く「こういちくん」です。

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