「陛下」 久世光彦 (新潮文庫)



 「陛下、金木犀の香りに包まれて、あなたに愛されたい…陸軍中尉・剣持梓は、幼い頃から繰り返し見る幻の中で、陛下への熱い思いを募らせてきた。(中略)二・二六事件の外伝、甘美で衝撃的な恋愛事件」
 裏の作品紹介より引用。ここだけ読んで「ひええアレだよう」と思ったわたしをいったいどなたが責められようか。しかしながら単にアレというには、あまりに精神的な情熱の耽美な世界に打ちのめされました。茶屋町勝呂でマンガ化希望。
 花の香り、熱に浮かされて見る幻、気狂いになった美しい娘、義眼の裏に貼り付けられた天皇陛下の肖像写真、そういった小道具を配しつつ、革命と陛下への熱情に浮かされていく青年軍人の運命が馥郁たる文章で描かれているそのさまは、読んでいてもすっぽりとその世界にはまっていくような気分を味あわせてくれます。同時に、主人公の馴染みである女郎屋の弓という少女の姿も描かれているのだけど、彼女はそういう病的な熱情とは無縁な(しかしながらやはり心に闇を持つ)娘で、彼女でなければこの話は終わることが出来なかったのかなとも思う。でもちょっとばかり女性礼賛というか健康的すぎるラストが、この話にふさわしかったかどうかはわたしには疑問でもあります。
 にしても、耽美、というのはこういう作品にこそふさわしいと思います。内容は好きずきにしても、文章に酔う為だけに読んでも損はありません。おすすめ。

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