「じかんはどんどんすぎてゆきます」雁須磨子(FXコミックス・太田出版)



 個人的には、成年向け表現をさせたら山本直樹と並ぶくらいに巧いと思ってるのですが、褒めすぎかな。いまやレディコミじゃなくても、性描写をためらわない女性作家はいくらでもいる。でも、わたしは雁須磨子の雰囲気が好きだ。この本は「マンガ・エロティクスF」に掲載された短編を集めたものなので、そういう描写も多いですが、それだけじゃないのですね。適度にださくて、直接的で、キャラクターの表情とか、熱に潤んだ目とか、部分部分がすごくいいと思う。絵はすごく巧いとかじゃないけど、いわゆる味がある絵です。
 わたしが雁須磨子を読み始めたのは、これにも収録されている「ワンコインクリア」を雑誌で読んでからなのですが、一見可愛い絵で幸せな若いカップルの出会いを描きながら、そのなかに潜む不安とか人生の不条理がさりげなく表現されてるのが、あ、違うなと思ったのがきっかけです。日常のなかの、ちょっとしたずれや疑惑。そういうのが自然で巧い。だけど、またそこから幸せな日常に戻るのがさらにすごかったりもします。この世界はなんなんだろう。もしかして単にとても平和なんだろうか…。
 この本のなかでわたしがおすすめなのは、九州生まれの嫁をもった男の煩悶と幸せを描いた可愛い一品「しゃりんしゃらん」、行き場の無いあれなきもち(ぶっちゃけ性欲)に悩む16歳のリアルな少女のおはなし「じかんはどんどんすぎてゆきます」、脳栓塞に倒れた夫が妻の毛糸を編む「毛糸玉」(ラスト1Pに笑った。これがリアルだ)、そして、他の作品とはちょっと毛色が違うけど、こどもの頃に糖尿病で入院した男が、当時の看護婦との記憶に引きずられて…という「」とかかな。でも、その他の作品も良いので、成年向けの雁須磨子をまだ読んだことのないひとにはおすすめだと思います。
 

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