「トレッキーズ スター・トレック万歳!」(監督・ロジャー・ナイガード)



 先日のスカパーでのスーパーチャンネル「スタートレック連続70時間スペシャル」(無茶だ)で放映されたドキュメンタリーです。どんな内容かといいますと、「トレッキー」と呼ばれるスタートレックファンの生態に迫ったものなのですが、さあ、なんでそれがドキュメンタリーの題材に成り得るのか。それは見てのお楽しみ。
 「スタートレック」というと、映画のイメージが強いかもしれませんが、そもそもは60年代にアメリカで放送されたSFテレビドラマです。カーク艦長とかミスター・スポックとかが出てたのがこれ。放映当時は大きなムーブメントにはならなかったんですが、再放送が繰り返されるうちに、アメリカを中心に全世界で熱心なファンを生産し、たび重なる映画化、またその続編として「the next generation(いわゆるTNG。ピカード艦長とかデータ君とかライカーがこっち)」や「deep space nine」「voyager」「Enterprise」とTVシリーズがどんどん作成されているアメリカの国民的人気番組です。
 で、カミングアウトしておきます。わたしのヲタク始めジャンルがまさにこれでございました。地方の女子小学生の心をなにをそんなにとらえたのか宇宙大作戦。同人誌もFC参加もグッズ購入もファンイベントもなにもかも、このジャンルに教えて頂きました。当時、こどものわたしが住んでいた地方では放送がなかったので(もちろんスカパーもインターネットも遠い未来のお話でしたよ)、ハヤカワ文庫で出ていたノヴェライズをそれこそ暗記するまで読み、アメリカに留学していた兄に、原語版をビデオ録画してもらって、全シリーズを見ました。英語分かんないので、ノヴェライズとストーリーが違う話は本当に混乱しましたが。それでも見た。兄にはコンヴェンションにまで参加してもらって、わたしの本名で、ウフラ役のニシェル・ニコルズにサインを書いてもらいました。たからものだ。ああ、もう一生分のカミングアウトをした気分になったな。
 そんなわたしが思い入れがあるのは、あくまで一番最初のカーク艦長とかスポックさんが出てるオリジナルシーズン(TOSと称されます)で、TNGはまだ見ましたが、あとのシリーズはさっぱりです。で、そういう前提があって、このドキュメンタリーを見たわけですが…ああ、もうこれはわたしだけか。STファンなら分かってもらえるのかな。90分、ずっと涙ぐみながら見ました。見終わったあともしばらく泣いた。なにがそんなに泣けるかな。「ギャラクシー・クエスト」でも泣いた。あれに似てる。
 ここで紹介されているのは、実にディープなスタートレックのファンの姿です。かれらは、ファンイベントに出かけたり、スタートレックの自作CGや映画を作ってみたり、宇宙艦隊の制服を身に着けたままショッピングセンターで買い物したり、自分の職場である歯科医院をスタートレック風に改装したり(もちろんナースの制服も宇宙艦隊のもの)、クリンゴン人のコスプレ(ちなみにクリンゴン人ってこんなのです)のまま、バーガーショップに行ったり、地方裁判の陪審員に選出された際も自分のいつもの格好である宇宙艦隊の制服で裁判所に出かけたり、スタートレックに出てきた科学技術を実用化できないかと研究したり(でもM5を実用化するのはどうかな…)、しています。はい、客観的に見れば「アメリカのヲタク大集合」です。それもかなりアレな。そんなのはわかってるんです。しかしこのひとたちに「Get a life!」と叫んでなんになろうか。これこそがlifeなのに。そう、このドキュメンタリーに出てきたトレッキーたちは、みな、スタートレックに理想と夢を受け取り、それによって自らの居場所を見つけたひとたちである、わたしにはそんな気がするのですね。
 男のような短髪で宇宙艦隊士官の制服に身を包み、フェイザー(光線銃)のレプリカを腰に吊ったまま、印刷工場で働く女性が、自らを「コマンダー(戦闘員)」と称している。そして、周囲の人々もそれを受け入れている姿が、わたしには忘れられない。イタいかもしれないけど、ヲタクかもしれないけど、彼女にとってはそれがなにより大事なことなわけです。
 さらに重要なことは、ここには「仲間」がいることです。ここには男もいれば女もいる、年寄りもいれば子どももいる。障害者もいればゲイもいる。それぞれが違った背景を背負いつつ、スタートレックの掲げた理想に惹かれることにより繋がっている。それはいわゆるIDIC、多様性の共存かもしれない。スタートレックの哲学、とくにTOSには、いささか独善的すぎるフロンティアスピリットも色濃いので、それが苦手なひともいるかもしれない。
 けれど、その基本には「種族個人主義の違いを乗り越えてひとは自分の人生を生きるべきである」というメッセージがある。それがこんなにも多くのひとを支えているということ、40年近く前のSFテレビドラマにそんな力があったということ、それこそ笑っちゃうような絵空事(なんせとんがり耳の緑色のうちゅうじんだ)や理想、そんなくだらないことと言われるかもしれないことが、実際にこれだけの人々(そしてこの陰にいる何万という人々)を生かしているということ、わたしはその事実に圧倒されて、本当に泣いてしまいました。その力に。物語の力に。
 基本的に、トレッキーの姿と出演俳優のインタビューを取り混ぜた内容で、「そもそもSTとはなにか」とか時代背景がどうとかいう親切な解説は一切ありません。アメリカ人にはそういうのが必要ないのかな。なので、スタートレックを知らないひとには本当に単に「アメリカのヲタク大集合」なだけのフィルムかもしれません。まあ大丈夫。ヲタクはいともたやすく人種と国境の壁を越えるので、いろんな場所で見たことがあるようなひとたちがいっぱい映ってます。そういう方面に興味があるならぜひ見ていただきたいかな。トレッキーとその夢について、関心がおありなら、映画「ギャラクシー・クエスト」でも十分かも。まったく予備知識がないかたでも、それを見たあとなら、わたしの云いたいことが少しは伝わるのではないかな。
 要するに、物語にはひとを救うちからがあるのだ、と。ヲタクのたわごとですけど、わたしはそれを信じています。 

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