「おめでとう」川上弘美(新潮文庫)



 普段は別に芥川賞とかそういうのを気にすることはないんですが、以前、このひとが「蛇を踏む」で受賞したときは、なんか面白そうだなと思って文庫本を買いました。で、そのままになっていて、古本屋で見かけたときに、すでに購入したことを忘れて、もう一度買いました。というわけでうちには「蛇を踏む」が二冊あります。未読です。もうすぐ読みます。
 この本も、作者の名前に惹かれて購入したものの、しばらく読まずにあったものの、遠征するときの新幹線のお供として開きました。12編の短い恋愛小説が収められています。終わった恋もあれば、同性愛もあり、不倫もあり、幻想としかいいようのないものもあれば、SF?なものもあります。どれにも共通しているのは、不思議なとらえどころのなさでしょうか。出てくるひとはみな浮世離れした感じです。とくに女性は一昔なら「不思議ちゃん」呼ばわりで片付けられてしまいそうな個性のひとが多いです。
 文学ならばいいけれど、実際にいたらいやだなあとわたしが思ったのは「冷たいのが好き」の章子かな。『声が、誰かに似てるって言われませんか』と問われて『小さいころはマーブルチョコの宣伝の女の子の声、中くらいのころはカルビーポテトチップスの宣伝の女の子の声、大きくなってからはウィスキーの宣伝の女の子の声、に似てるって言われたことがあります』と初対面の男に答える35歳の女。うーん。わたしが質問した男なら「そうですかどうもありがとうではさようなら」と言って帰りますね。絶対振り返らない。振り返ったら、目が合う。
 あと印象に残ったのは、互いに家庭を持った男女が一日だけ長い時間を共に過ごす「冬一日」。まあ、ここで男が「150年生きることにした、そのくらい生きてればさ、あなたといつも一緒にいられる機会もくるだろうしさ」という台詞も、まあ、「そうですかどうもありがとうではさようなら」と云うべき台詞なのかもしれないですけど。死にたがる男を恋人に持った女の一瞬の奇妙な経験を描く「ばか」と、桜の木のうろに恋人が住み着いてしまう「運命の恋人」(ちょい筒井康隆ぽい)、西暦三千年一月一日のわたしたちへ、という序文がすべてを現す「おめでとう」なども印象に残って、読み返しました。
 あんまり生々しくない男女の恋愛話が読みたいひとにおすすめかな。わたしには、ところどころに垂らされた奇妙な味が面白かったです。

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