「高い窓」レイモンド・チャンドラー(ハヤカワ・ミステリ文庫)



 裕福で傲慢な未亡人やその息子、怯えきった神経症的な秘書といった人物造形が優れているので、かれらが登場する場面を追いかけていくだけでもすいすいと読み進めていくことができます。未亡人が喘息の薬として啜るワインの匂いがここまで漂ってくるような、撃たれた人間の血の溜りの温みを感じるような、各場面で、そんな情景が浮かび上がります。とりわけ、物語の最後で、マーロウが離れる女性。その描写が、劇的でも大げさでないのに、かれが彼女の運命に与えたものの大事さが伝わってくるようでした。それが色恋の範疇でないのが良いな。ちょっとした、親切や善意の範疇。ひとが死に、嫌な人物も多く登場する物語なだけに、その部分が温かく光ります。
 どうでもいいことですが、わたしが購入した文庫本の帯に「岩清水の心が、過去の罪を洗い出し、殺人の裏側を暴く」と書いてあり、「愛と誠」を思い出して困りました。君の為なら死ねる。

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