「殺人マニア宣言」柳下毅一郎(ちくま文庫)



  映画評論家の町山智弘氏とのコンビ、ファビュラス・バーカーボーイズで名前を知った筆者のもう一つの顔が犯罪研究家です。
 この本は、いわゆる有名シリアル・キラーの名所旧跡(という表現もアレですが)を巡ったり、世界の犯罪博物館を歩いたり、猟奇殺人に関する文献を紹介した物です。お好きなひとには、楽しめるでしょうし、そうでないかたはもう最初から手にとらないほうがよろしいかと。それはもう悪趣味だと云われたらそれまでの世界ですから。わたしもそこらへんは百も承知で、昔からこの手の本をちまちまと読み集めていたんですが、自分でもこういうものに興味があるのは何故だろうと思っていました。凄惨な描写には胸が悪くなったりもしたし、この手の犯罪では犠牲者は女性が多いので他人事とも思えなかった。なのにどうして。
 そこらへんの疑問にある種の答えを与えてくれたのが、巻末に収録された河合修治氏との対談のなかにあった「人間心理の究極のミステリ」という言葉でした。不謹慎なことは分かっていながら、人間であれば越えられないであろう線を越えてしまったひとびとに「なぜ飛び越えられるのか、どうして飛び越えられるのか」という疑問を抱かずにはいられない。たとえば筆者もあとがきで述べているように、コリン・ウィルソンなどは、そういう疑問にある種明確な答えを差し出している。けれども、そこからもまた微妙にずれて存在する澱のようなものは確実にかれらのなかに存在していて、それはわたしたちにとってもまったく縁遠いものとはいえないはずです。
 わたしは、そういうものを知りたいのだと思います。決して交わることのないものの、限りなく平行に近づく二本の揺れて震える線のように、存在する黄昏の世界と現実の世界の空気の混在する香りを感じて。それはとても恐ろしく、空しく、情熱にはほど遠いと思うのですが。

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