「物陰に足拍子(全4巻)」内田春菊(角川文庫)



 ずっと大好きだった作品です。
 内田春菊に見切りをつけて、これまでに買い集めた彼女の作品を全部手離した際に、この単行本も処分してしまった。でも、やはりこの作品は手離してはいけないものだったので、新しい版で購入し直しました。いまの彼女の絵で描かれた表紙の主人公の顔には違和感ありつつも、久しぶりに読み返すと、やっぱりため息が出た。本当のことが書かれてるマンガってすごいなあ。
 兄夫婦と同居しながら鬱屈とした日常を過ごしている高校生みどりの生活と視点、彼女が綱渡りする幻想を描いたこの作品は、間違いなく内田春菊の一番の傑作です。彼女が一般に広く評価されるようになったのは一連の私小説がきっかけかなと思いますが、そういうの全部、これを読んでいれば必要ないと思うのは極論でしょうか。小説のほうは、自伝的と謳われ、本当にあったことをそのまま書いている部分が多いようで、そこが評価されたりもしたみたいですが、彼女自身の生活と離れたキャラクターを設定して、ちゃんとした物語に再構成されたこのマンガのほうが、ずっと生々しく迫るものがあります。たぶん、単なる事実を(小説というフィルターを通したとはいえ)そのままで語られると、そこにあるのは作者本人の姿でしかないけれど、物語というより普遍的なものに形を変えれば、読む人の心にひっかかるフックのようなものが存在するからでしょう。作者自身だけの物語でないのならば、他の誰の物語となってもおかしくはない。そして、ひとによっては、それがフックどころか、抜けたまま離れない棘になったりするのかもしれない。
 性描写も多く、癖のある内容のため、受けつけないひとは本当に受けつけないかもしれません。これもまた「生まれついた」人間のお話。どこにも居場所を見つけらずに漂っていたおんなのこが、自分の場所を探すためにとうとう自分の足で歩き出すまでの物語です。

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