「砕かれた街(上・下)」ローレンス・ブロック(二見文庫)



 泥棒バーニイシリーズや、アルコホリック探偵マット・スカダー(わたしは後者のファン)で知られるミステリ作家の、ノンシリーズ作品です。9.11後のニューヨークを舞台に起こる連続殺人事件と、それに巻き込まれる作家、かれに惹かれる画廊の女主人、次期市長とも噂される元市警本部長などの登場人物の運命が絡み合う長編です。
 上下巻とボリュームはあります。が、スカダーシリーズでもそうですが、描かれるニューヨークの風景や街の様子、現れては通り過ぎてゆくキャラクター達の造型は、それらがあくまで物語の本筋の背景であったとしても、決して読み手を飽きさせるようなものではないと思います。ほんの一場面にだけ登場するゲイバーの用心棒から、トルコ石で出来たウサギにいたるまで、無駄なものはありません。
 普段のスカダーシリーズにもありながら、より濃い色合いを持っているのは、物語全篇を覆う空しさと性描写の濃さ。ただ、この物語が9.11後であるということの意味は、<ネタバレ>犯人の動機がそれによって失われたものであるということ<ネタバレ>に尽きると思うし、そういうかたちで9.11を扱うことのほうがわたしには、性描写の濃さよりも、疑問に思う点でもあります。が、そこらへんの感覚は、やはりその土地の人間でないとリアルに感じることができないものかもしれない。
 あと、解説や裏表紙で、性的に奔放なスーザンという女性のことを「セックス依存症」と評していたのには違和感があった。そんな言葉で片付けてしまうと、せっかくのクレイトンの言葉<ネタバレ>「それはきみのしてることだ。スーザン、それがきみというひとであり、きみのアートだ」<ネタバレ>の意味がなくなってしまうんじゃないか、と。確かに、スーザンのすることの描写は、ある種典型的でそんなに独創的でもない(それはもう、どんな行為であってもこの世に珍しいものはそんなになくなってしまったということが原因であるのだけど)、けれど、その状態に陥っていくスーザンの心理やその最中での強迫的なクレイトンへの執着を、「依存症」とか「哀れ」なんて言葉で片付けちゃうのは、ちと簡単すぎやしないかと思った。その行為こそが、生きるためのなにかであったとわたしは思うから。
 まだブロックを読んだことがないひとには、短編集かスカダーシリーズのほうをお勧めしますが、とくにブロックを「今から始めたい」<(c)オタキング>というわけでもなく、とりあえず読み応えのあるミステリを読みたいひとにはお勧めかもしれません。で、これが面白かったならば、ぜひブロックの他の作品も手にとっていただきたいです。

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