「ニシノユキヒコの恋と冒険」川上弘美(新潮文庫)



 川上作品のなかでは、「センセイの鞄」と並んで好きかも。以前は、ちょっと奇妙な雰囲気がする短編でないと面白く思えなかったんですが、「センセイ」といい、これといい、恋愛もの長編が気に入るとは。これは以前の作品も読み直しの必要がありそうです。


 姿良し、雰囲気良し、女性に優しく、女たらしで、懲りないうえに仕事も有能。ただ、どうしても女性を「愛する」ことができなかったニシノユキヒコの人生を、かれに関わった十人の女性の視点から語っていった連作集です。
 いやもう、ちょっと辛くなるくらいに、ニシノが好みで参った(笑)。しかし、かれは女性にとって恋するということを体現した存在であるから、それは当たり前かもしれません。解説者も泣いてしまったと書いてましたが、それはニシノが思わせるのがすべてうまくいかなかった恋や終わった恋の思い出だから。恋するとはニシノに恋すること。自分のことを理解してくれて、するっと心の隙間に入り込んで微笑む相手に惹かれること。そして、決して自分を愛せないひとの(それを分かったうえで)手を握ること。ひとつの恋が終わったときに、相手はニシノユキヒコに姿を変えるのかもしれません。
 女の子に愛されたけれども自分は女の子を愛せなかったかれが、人生の終わり近くで初めて女の子を愛した(と表現される)「ぶどう」でも、やっぱりニシノは愛というものがよく分からないままで、それに振り回されているのは、愛を知らなかった時期そのままのような気もします。良い恋愛小説です。

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