「いじわるばあさん(全4巻)」長谷川町子(朝日新聞社)



 えー、ここにカミングアウトいたしますが、現在のわたしを形作った要因の一部に、幼少期の市民図書館での読書が挙げられます。そこには、手塚治虫全集と姉妹社の単行本がありました。揃いで。まったく罪なことをするものです。前者の影響を語るのは、またいつかの機会にするとして、ええ、姉妹社といえば、長谷川町子、「サザエさん」「いじわるばあさん」に「エプロンおばさん」でございます。あな恐ろしきは幼少期の刷り込みよ。「ああ、文庫版で出てたな」と何気なく手にとってめくったらそのまま購入決定。内容はほぼ覚えているのに、それを現在の視点でまた見つめ直すことができるこの面白さがたまらない。時によってすたれることがない名作の利点とは、こういうところにあるのです。
 確かに懐かしさもありましたが、同時に、いま読んでもとっても面白かったのがまた新鮮な驚きでした。正直、思わず笑い出したページもある。連載されてたのは1960年代ですよ?40年近く前のマンガであっても、人間の営みに対する視点の確かさは変わらない。だからこそ、古びないのですね。なおかつ、その時代ならではの部分が、いまから見れば立派な一種の風俗史となっていて、そこもまた興味深い。時たま登場する、当時のヒッピーでサイケなファッションの跳んでる女の子たちの造形、素晴らしいです。いやあ、巧いんだ、これが。
 あと、長谷川町子って、よく国民的作家といわれます。それは確かに間違いじゃないんだけど、別に教科書的な人畜無害で口当たりの良いユーモアだけが売り物じゃないんですよね。その部分がよくわかるのが、この「いじわるばあさん」であると思います。楽屋落ちもあれば、他のマンガの登場人物のゲスト出演もあったりするのがまたおかし(しかも横山隆一のフクちゃん)。あと、サザエさん一家も「まんざらしらないカオではない」といじわるばあさんに親切にしてえらい目にあってます。さすがだ。
 悪趣味なイタズラをすることを生きがいとして(そして恐らくは彼女自身にも止めることが出来ない宿命として)、ひとの運命をもてあそんでからかいにやりと笑いつつ、素直になれない自分にちょっと嫌気がさしたりしながら、時と場合によってはつかみあいの喧嘩も辞さないこのおばあさま、ひとことで云って、アナーキー。インザ長谷川。とても素敵に人でなしでもあるのですが、同時にかなり愛らしい。人生に達観したところもありながら、色んなことを諦めきれないその生き様からは、正直、パワーを頂けます。昔のマンガだから…とか思って手に取っていなかったひとでも、四コマ好きだったら、楽しめると思いますよ。おすすめです。
 そして、わたしがこの勢いにのって、文庫版「サザエさん」全45巻に手を出さないように祈ってください。誰か。

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