「アフターダーク」村上春樹〈講談社文庫)



 わたしにとっては久しぶりの村上春樹の長編読書でした。
 いつ以来かといえば「ねじまき鳥クロニクル」がどうしても読み通せなくて挫折して以来なので、かなりのものです。本に関しては、積ん読は多いものの、一度、読み出したら読まずに投げ出すことはない人間なのですが(読み終わってから投げ出すことはあるけどな)、あればっかりはどうにも読みにくく、世界に入れずに、かなり最初の部分でリタイアしたのを覚えてます。それ以来、村上春樹はエッセイと短編しか手を出さずにいたのですが、まあそろそろいいかしらと手に取ったのがこの一冊でした。
 しかし、最初の1、2章を読んだあたりで、すでに驚愕。いや、村上春樹なんだけど、人物も台詞のセンスも、すごく村上春樹なんだけど、こんなに巧かったっけ?今ごろそんなこと云ってたら、ハルキストに殴られそうですが、本当に驚いた。なにが巧いかというのは、実に説明しづらいところなんですが、云ってしまえば、単なる文章の技巧のレベルでいえば、悪文といわれてしまいそうなやりくちを使いながら、しかしまさにその文でなければ構築できない世界観の展開に成功しているところ。例えば、体操のものすごーい難易度の高い技が、無茶苦茶と紙一重なのに似てる。すごい着地の仕方だ。
 人物造型、テーマのしぼりかた、物語の構成、エピソードの並び、小道具の使い方(「ある愛の詩」と、コンビニのチーズ売り場に置かれたケータイの使い方はすごい)どれをとっても一級品です。しかし同時に、それでいてどこまでも村上春樹なのがまたすごいと思った。これくらい有名作家になると、読んでないひとに嫌われることは珍しくないと思うけど、実は読んでみたものの生理的に受け付けないというひともちゃんといると思う。駄目なひとには本当に駄目な、精神の昏い部分を描くのが巧いから。
 いつのまにやら国民的作家だとかノーベル文学賞候補だなどとの評判が立っていて、それまでのベストが「ダンス・ダンス・ダンス」だったこの身としては、なんか違和感も感じていたんですが、認識が改まりました。これは、世界に生きるすべての人間に共通する孤独と不幸の存在を示唆する巧みな作品です。でも決していわゆる大作ではありません。ここで語られるのは,たった一夜の出来事にすぎないから。けれど、そこに含まれている諦念と苦しみのなんと救いようがなく、逃げ場のないことか。闇は、いつか必ず明けます。しかし、必ず、闇は再び訪れるのです。それだけのテーマを抱えながら、暗いだけの後味が悪いような作品ではない。つくづく、村上春樹すごいな、と思いました。ちょっと読み直そう。

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コメント

  1. アスカ より:

    自称ハルキストとしては、激しく頷けるレビューでした。
    >世界に生きるすべての人間に共通する孤独と不幸の存在
    を、ある意味軽すぎるとも言えるこの文体で、
    さらにたった一夜の物語として描くところが
    まさに村上春樹だと私も思うのです。
    今年もくさてる様のブログ、楽しみに読ませていただきます。
    お目にかかる機会は減ってしまいましたが、
    よろしければどうぞまた構ってやってくださいませ。

  2. 通りすがり より:

    http://eplus.jp/sys/web/king-show/index.html
    いつも影からですがブログを大変楽しみに
    読まさせていただいてます。
    筋肉少女帯ご存知かもしれませんが
    大阪、名古屋でライブ開催です
    NOIZと日程が近いので至難ですね(汗)

  3. くさてる より:

    通りすがりさま>
    ブログを楽しみにして下さっているとのこと、嬉しく思います。そうなんです、筋肉少女帯、東名阪廻ってくれるんですよね。わたしは喜んで大阪参戦予定ですが、よりによって、ガゴ&ノイズと時期が…(遠い目)。
    アスカさま>
    ハルキストのかたにそうコメントして頂けると嬉しいです。ずいぶん読んでない時期があったので、これからまた読んでいこうと思いますので、また感想など見てやってください。今年もどうぞよろしくお願いいたします。