「直撃!強くなりたい道!!―こんな経験、ボク初めてなんです 」大槻ケンヂ(福昌堂)


 珍しい出版社から出ているせいか、数あるオーケンの著作のなかでもあまり有名ではないと思いますが、ノイローゼがたぶん一番くらいひどかった頃に、医者の勧めでUFOから格闘技に興味の対象を移して、とうとう実際に空手を始めたかれが、様々な格闘技の達人たちにインタビューを行って作成した入門書がこの本です。
 わたしは一般の格闘技とか、世の男子のDNAに予め刻み込まれている様子の「最強とは」的概念とは、とんと縁が無い人間なのですが、たぶん、そこらへんに詳しいひとならなるほどと思う人選なのではないでしょうか。わたしがあらかじめ名前を知っていたのは、真樹日佐夫先生くらいなのですが。しかし面白かったです。やはりひとつの道に向かって邁進してきたひとたちの語る言葉というのは、たとえジャンル違いでも用語がよく分からなくとも、実に響くものがある。格闘技とか分からないわたしでもとても面白く読むことができ、なおかつ「空手ってそんなに良いのかなあ」とちょっと憧れる気持ちにもなった(笑)。
 そしてこれは同時に、ノイローゼのただなかにあったオーケンが病の回復と停滞のなかで、迷いつつ進んだ記録にもなっているのですね(筋少でいえば「ステーシーの美術」の頃)。決して聖人でもないし、強くもないし、へこたれちゃうし茶化しちゃうし、ヲタクならではの斜めに構えたところも十分にあるオーケンが、なかなかトンでもなかったり無茶だったりするその道の達人たちとまともに向かい合い、時にはツッコミ爆笑しつつもやがて本気で感動していくその様は、とても良いと思います。とくに、筋少のころのステージ衣装(特攻服)にも刻まれ、特撮の名曲「パティー・サワディ」にも引用された「過去は過ぎ去りもうない、未来来たらずまだない。あるのは今だけ」という言葉を書いた柳川昌弘先生との対談で、その著書が自分にもたらしたものを語るうちに泣き出してしまったその姿は、絶対に、みっともなくない、カッコ悪くない。
 もちろん、そこらへんとは距離をおいて、オーケンが出会う様々な「達人」たちとのユニークなやりとりだけでも楽しめる一冊です。そういう意味でのおすすめは、やはりかの梶原一騎先生の実弟であらせられる真樹日佐夫先生との対談。わたしのお気に入りの一節はこちら。
「大槻:しかし、これをいうとミもフタもないんですが、もともと空手道場に入るとボコボコにされるというイメージができたのは、真樹先生と梶原一騎先生の影響であると思うんですが(笑)。
真樹:がっはっはっはっは!違うよ、俺たちは、なんかある時は、道場の外でやっていたよ。」

 
 というわけで、そもそもオーケンが読者として想定している「文科系オタクで格闘技マニアで、頭の中ではすでにグレーシーを倒してるんだけど、実際の格闘技なんてとんでもない、それどころか体育は昔から苦手でした、でも、強くなりたい君」にもおすすめだと思いますし、オーケンのファンにも、オーケンの生き生きしたさま、迷い只中の時代の様子が肌身にしみて感じられる一冊だと思います。わたしは、オーケンの本は〈創作以外〉ほとんど全部読んでいるとは思うのですが、まるごと一冊韜晦なくハズしもなく、己についてきわめて正直に語っているのはこれと「のほほん日記ソリッド」だと思います。
 また同時に、とくにファンでなくとも、オーケンと同じ様な心の不具合に悩み、行き詰まり感にやられそうになっているひとにも、なにかのヒントになるのではないかしら。10年近く前の本なので(なおかつ未文庫化)、情報なども古くなっているとは思いますが、興味を持たれたかたは、ぜひ一度お手にとってみられることをおすすめします。

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