「黒焦げ美人」岩井志麻子(文春文庫)



 文庫の新刊平積みで見つけるたびに購入していて、気がついたら未読が三冊溜まっていたので、読みました。もしかしてこういう読者に支えられてるか岩井志麻子。
 しかしこれは新作でなくて旧作です。大正時代の岡山を舞台に、いわゆる高等遊民たちが集うサロンの女主人とそこに集う若者たちの交錯する感情のもつれを、女主人の妹である女学生の視点から描いた作品。物語自体は短編レベルのふくらみかもしれないけれど、とにかく岩井志麻子はキャラが立ちますね。悪魔のようなヴァイオリニスト、藤原の描写だけでわたしもご飯食べられるね。
 現実にこういう人間がいたら、火の中に飛び込む蛾のように焼け死ぬことは分かってるから、遠くから観察するに留めるけれど、はてしなくなにかが欠落していることだけは分かるくせに、なにが欠落しているかだけは永遠に分からない迷宮にたたずむひと。藤原は間違いなく大橋を愛していたと思いますが、その歪んだ愛情が、自らを砕けさせるような表現でしか許されなかったのはもちろんとしても、そもそも藤原が愛する対象として、大橋のような絵に書いたような俗物を選んでしまったせつなさが、たまらないです。

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