「東京奇譚集」村上春樹(新潮文庫)



 発売当時からずっと読みたかった。でもハードカバーだし、春樹は必ず文庫になるから、それまで待てば…と思っていました。しかし、辛抱たまらずとうとう購入した翌月に文庫化。新潮社はわたしをナメてんのかこら。Yonda?CLUBの文豪ウォッチを網羅しただけでは飽き足らず、今度はリストウォッチも入手するべく郵送準備に勤しんでいることを知った上での所業か。なんで文豪カップ&ソーザーはやめちゃったんだ、あのカフカが欲しかったのに(抗議の内容がずれてきた)。
 村上春樹という作家の魅力については、わたしなどがあれこれ言うものではないのですが、長編が基本の作家さんとはいいつつ、短編集も捨てがたい(いちばん好きなのは「回転木馬のデッドヒート」)。ましてやこのタイトル、とわくわくしながら読んだのですが、内容としては、それほど「奇譚」という感じではなく、ちょっと奇妙な感覚が残る話、というあたりが妥当かな、と思います。しかしやはり、春樹でないと書けない作品なのは云うまでもないでしょう。ちょっと薄味ではあるけどね。
 わたしが好きなのは、エッセイのスタイルをとった、ゲイの男性が偶然のちょっとした出会いが生んだものを受け入れる「偶然の旅人」や、小説内小説として書かれたストーリーが本筋より魅力的だった(すまん)「日々移動する腎臓のかたちをした石」、自分の名前が思い出せなくなるという症状からカウンセラーのもとを訪れた女性がたどりつく奇妙な結論「品川猿」などです。とくに、「品川猿」は、多くの種とイメージを内包しつつ自由にそれらが膨らんではしぼんでいる感じのアンバランスさが面白い。キャラクターも魅力的だし、短編ならではの味があります。このタイトルは、見ざる聞かざる言わざるということでもあるのかなあ。

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