「ラピスラズリ」山尾悠子(国書刊行会)



 寡作ではあるものの、その独特に美しい幻想的な作風で知られる女性作家の作品集です。わたしも評判だけは聞いていたものの、寡作ゆえに実際に読んだことがあるのはアンソロジーに収録されていた一作のみ。しかし、それが評判に違わずの出来だったので、まとめて読んでみようとこの本に手を出しました。
 
 三枚の絵を主題に、そこから解かれていく、人形と聖フランチェスコと冬眠者と呼ばれる人々。硬質であるけれど難解でない文体が、幻想的であるけれども甘くない美しい文章で綴る、在り得ないけれどもわたしたちの世界とどこかで擦りあっている世界の物語が、だまし絵のような構成で幾重にも折りたたまれて、読む人間を間違いなく幻惑します。それはまるで、様々な太さ細さ色合いで編まれた糸が、何十にも縒られてやがて広がる美しい布になるようなものです。
 人形、高い塔、ゴースト、疫病、長い冬に冬眠して過ごす貴族たち、夜の駅、銅版画、冷凍された苺…様々な要素がばらまかれているこの世界は、一見とっつきにくいようですが、それらの要素にひとつでもひっかかりを持つことが出来れば、そのまま最後まで読み進めて行くことが出来るでしょう。
 
 同じテーマを扱って、連作で綴られる構成になっていますが、わたしが一番好きなのは、現代日本により近いかたちの世界で「冬眠者」の少女が語る逃亡の物語「トビアス」。そういえば山尾悠子の名前を初めて知ったときには、彼女はSF作家として存在していたのだと思い出したように、SFと擦り合う存在だった奇妙な話の空気をふんだんに持ったこの一作だけでも、読めて良かったと思います。この舞台で連作を読みたいくらい。
 現代日本人作家が書いた、ニセモノでもなく難解でもない、幻想小説を読みたいかたにおすすめします。ぜひとも一文一文を、ゆっくり噛み締めるように読んでいただきたい。静謐な文章が空気と香りをまとった、素晴らしい文体です。

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