「大好きな本 川上弘美書評集 」川上弘美(朝日新聞社)



 書評というのは難しい、と思います。読書が好きな人間として、面白い本の存在は知りたい。けれど、あるていど好みができあがってからだと、誰かの好みが自分に合致するとは限らないことも分かっています。大それでも好奇心はあるので、様々な書評本を読んでみて、ほうこれはと思った本は覚えておこうと思うのですが、多くの場合、実際に本屋や図書館に立ち尽くすときは、自分の感覚に頼ってしまうことばかりなのです。
 さらに、作家が書く書評というのは、また難しい。好きな作家のおすすめであっても、その作家の好みまでもが自分と合うとは限らない(あのスティーブン・キングのおすすめ!にどれだけ騙されたことか…)。なので、ブックガイドとしてよりもむしろ、その作家が他の作家をどう評価しているか、どんなものを面白いと感じるかに興味があって、手に取ることが多い気がします。このストレートなタイトルの書評本も、そんなあたりから読んでみた一冊でした。
 どの紹介を読んでも、川上弘美の文章です。当たり前ですが、それがきちんとできるこのひとはすごいと思います。そして、ストーリーや作家の業績を説明するでもなく、ただその本から得た感覚をもやもやと曖昧に伝えるだけの短さであっても、その本を手に取ろうかという気にさせてしまうこの味が、またすごい。この本のなかには特定の作家が何冊か取り上げられたりもしていますが、偏っているという印象はありません。お気に入りなんだなあと思うだけ。ただ、宮本輝とか藤堂志津子、山田詠美という、いっけん川上弘美の世界とは一線を画すような作家(これはわたしの偏見でもあります。川上弘美でも作品によってはこの種のひとたちとの親和性を感じるものはあるので)に対する素直な賛辞を読んでいると、川上弘美というひとは人生とか人間の生きていく営みが好きなのだなあと感じます。それは最近、まっとうな物語を語る小説と少し縁遠くなっているわたしにも、ちょっとそういうものを読んでみようかという気を起こさせる、素直でまっすぐなお薦めの気持ちとして伝わってくるものでした。
 正直、書評というのは褒めるよりも貶してあるもののほうが外野としては面白かったりもします。あんまり品性下劣なものは問題外としても、ちょっと斜めに構えてその本の思いもよらぬ欠点を狙い撃ちするようなもの、ましてやそれがベストセラーであったり、高い評価を得るものであれば、なおさらそれは痛快な読み物となるでしょう。わたしもそういう痛快さは大好き。けれどできれば、その視点が他のものを褒めるときも、おなじくらいの的確さをもっていてほしいと思います。
 なにかを褒めることはとても難しいと思います。手離しでなにかを褒めることは、時として退屈なものになりがちです。が、この取り上げているすべての本を褒めている書評集は、けして退屈なものでなく、優れた本から得るものが楽しみや面白さだけでなく、普通では認めたくない人生の暗部や、ひとのいじましさや誤魔化しを知らされるということでもあること、それはとても怖いことでもあることを教えてくれるスリリングさも秘めています。
 本を読んでみようと思いました。この厚い本への返答としてはシンプルなその読後感が、案外、いちばんふさわしいのではないかと思います。

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