「欲に咲く女、欲に枯れる女」岩井志麻子(イースト・プレス)



 サイバラ画伯の表紙イラストもまぶしい志麻子ちゃんのエッセイ集です。冒頭のサイバラ漫画も、志麻子ちゃんへのエールとなっていて、女友達っていいなあと思います。たとえガチャ目のふぇらじわのむらさきぱんつに描かれていても。愛がある。
 内容は、書き下ろしエッセイということで、彼女のアンテナにひっかかる奇妙なひとたち、おかしなひとたち、怖いひとたちについて、あれこれと語ったもの。どこにでもいそうで、いなさそうで、でも、たとえば食事中のファミレスで隣の席から聞こえてくる会話のなかに、自然にすべりこんでいそうな、そんなどこにあってもおかしくない気味の悪い話が多いです。こういうひとたちに(健全な嫌悪感を持ちつつも)興味を持たずにいられないのが、志麻子ちゃんのメンタリティだと思います。彼女の現代を舞台にしたホラー小説の多くはそこが源泉だとは思うのですが、できれば、それはこんな感じでエッセイで軽く語られるのがぴったりくるような。
 ちょっと口の悪い、周りからは変わってると思われてるけど、一緒に話し始めると時間を忘れてしまう旧友の語りを聞いているような一冊です。そう思うのはわたしも志麻子ちゃんと同じように、自分のことを疑ったことのないけれど(あるいはだからこそ)、心のどこががひずんで暗い影が落ちたり、何かを求めてあがいているけれど、そのあがきようが客観的に見ればとても怖かったり滑稽だったりする、人間そのものに興味があるからなのかもしれません。そして、それは突き詰めてしまえば、そこに自分の姿も見てしまうからこそなのですが。
 いくつかあるとびっきりのエピソードのなか、わたしがいちばん「うわあ」と思ったのは、志麻子ちゃんファンのナナ子(仮名)の話。彼女は、志麻子ちゃんの書いた南国愛人との性愛小説にのめりこみ、南国愛人に逢いに行って関係を持っただけに留まらず、かれ以外にも志麻子ちゃんが書いているお気に入りの男性たちをしらみつぶしに探し回って誘惑することを目的にした彼女は、そのために生活までもOLから風俗嬢に変えてしまいました。志麻子ちゃん個人を憎いとかねたましいというわけでもなく(むしろ熱心なファン)、志麻子ちゃんのようになりたいというのともちょっと違う。
 そしてわたしはなによりも、そんな彼女の情熱も怖いのだけど、そこまでたどり着く不思議な彼女の存在を、首をかしげて見ている志麻子ちゃんの視線もまた、ちょっと怖いものだと感じました。人間というものに、微妙な距離をもって見つめている彼女のその視線こそが、作家の視線なのでしょうけど、ね。

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