「名セリフ!」鴻上 尚史(文藝春秋)



 鴻上氏といえば、云わずと知れた演出家・劇作家でいらっしゃいます。わたしはまったくといっていいほど14帝國以外の演劇にはご縁がない人間なのですが、鴻上氏の文章と世界に関する視点はとても好きなので、エッセイ集を愛読しています。
 これは、古今東西の戯曲から選び抜いた、様々な場面における、31の名セリフを劇の内容とともに抜粋して紹介したもの。氏の文章が好きな人間はもちろん、紹介されているのが、わたしでもタイトルくらいは知っている有名な劇がほとんどなので、演劇にあまり興味がないひとでもとっつきやすのではないかと思います。
 むしろ、こういうかたちで紹介されると、実際に上演されるとどんな感じなのだろう?という興味も、通り一遍な名作紹介よりも、湧きやすいような気もします。個人的には、昔から好きなテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」と三島由紀夫の「サド公爵夫人」を、やはり実際に演劇というかたちでみてみたいと思いました。あと、これで初めて存在を知って興味を持ったのは、別役実の「赤ずきんちゃんの森の狼たちのクリスマス」。とてもキュートで、つかみどころがなくて、そして、夢のものがたり。実際に見たら、わたしもきょとんとしてしまうかもしれませんが、別役氏の人柄と合わせて、とても魅力的な紹介がされています。
 他にも、タイトルだけ知っていたイヨネスコの「授業」の紹介も面白かったです。大昔に、小林信彦のエッセイで読んだ、コント55号を指して「イヨネスコの『授業』は、あの二人がやるべきではないか!」と感嘆した友人がいた、という逸話の意味が初めて理解できました。いやあ今ごろ気づいても遅いかもしれないが、慧眼だな。ブレヒトの「三文オペラ」も、今度、閣下が出演されるので概略がしれて面白かった。個人的に生理的に受け付けないナンバーワン嫌な後味作品である、安部公房の「友達」も、それがどうして、こんなに嫌で怖い話なのかが理解できた気がしました。
 それ以外の紹介も、ネタバレに気を遣いつつ、しかし面白さのツボはきちんと押さえた文章で、どれも退屈しませんでした。なので、多くの、名前だけを知っていた作品に興味をもつことができました。こういう戯曲の紹介本なら、もっと読んでみたいし、これをきっかけに実際に見てみたいお芝居も何本か浮かびました。良い本だと思います。

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