「破局」ダフネ・デュ・モーリア(早川書房)



 奇妙な味、と一般に称される作品が好きです。SFでもホラーでもない、強いて云えばサスペンスやミステリの匂いがするものの、謎解きが主題ではなく、むしろ物語の展開や存在そのものが謎であるような、そんな作品。なのでまずは、ところどころしか読んでいない早川の異色作家短編集を読破しようと考えています。なにぶん初版は60年代と古いため、なかには現在では使い古されてしまった感のある展開や、効果の薄れてしまった仕掛けの作品が見受けられることもあるのですが、真の独特な視点というものは時代によっても古びないのもまた確か。今回、手に取ったこの作品集もまた、まさに「異色作家」の名にふさわしい逸品が揃っていました。
 いつもと同じ光景と生活に、発作的に嫌気が差した中年男に宿った殺意が、奇妙な巡りあわせでたどりついた夢の結実が重苦しい「アリバイ」。目の手術を受け盲目の生活を送った後、包帯を外した女性が見た世界は…という最後の仕掛けが古めかしいながらも驚きを呼ぶ「青いガラス」。わたしは絶対に「ヴェニスに死す」の原作だと思ったんだけど違ったらしい「美少年」。ひとつの寓話を連想させる(星新一の味わいもある)「皇女」。全体像がおぼろげで、なんともつかみにくい雰囲気のなか語られる不可思議な展開が魅力の「荒れ野」。現代でもそこかしこに存在するような無垢の悪意の持ち主がたどる運命の独白を、どうとらえるかで読み手の人間性をも問われそうな「あおがい」。どれもが、まさに奇妙な味の、不可思議な読後感を残す作品です。
 
 文学的に高尚な難解な仕掛けがあるわけでもなく、突飛なファンタジーでもなく、慣れた街角を曲がる順番を、ひとつ変えただけなのに、そこには見たこともない風景が広がっていたような、そんな味わいがあります。この作品集の原題は「TheBreakingPoint」というのですが、そのタイトルのように、ぎりぎりで踏み込む間際の、引き返すか止まるか突っ込むかの刹那に、なにかを間違えてしまった人々の、どこにでもあるようでありえない物語が並べられています。「奇妙な味」初心者にもおすすめです。

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