「ほとんど記憶のない女」リディア・デイヴィス(白水社)



 200P足らずの一冊の中に51もの短編が収録されています。長いものは数十ページにわたりますが、そのほとんどは1ページか2ページにも満たないもの。といっても、いわゆるショートショートとは一味も二味も違います。バリー・ユアグローの「一人の男が飛行機から飛び降りる」に似てるかな?


 奇妙な着想が広がっていくもの、繰り返しの文章によって表れる情景、寓話のようなお話もあれば、人生の機微をつくような憂鬱さに満ちたものもある感じで、実にバラエティに富んでいます。共通するのは、その奇妙さが、単なる思い付きで片付けられるものでなく、分かりにくさのなかからも伝わってくるなにかがある感じでしょうか。まるで物語の部品だけが、差し出されているような無機質な感じながら、単に前衛的に出鱈目なものでなく、ゲイジュツを気取っているとも思えない。岸本佐知子の解説がそこらへんをとても上手に解読して説明してくれているので、じっくり読んでいただきたいです。
 わたしは、夫婦の微妙な距離感とそれがもたらす無力感がさりげなく漂う「肉と夫」、スーパーで見つけた水槽の魚を眺めたときに、いっしゅん浮かび上がる己の姿を示唆した「水槽」、陰鬱な状況が切り取られて提示されているだけなのがまたたまらない「天災」、一種の言葉遊びのように次々と繰り出される連想と比喩がそこはかとなくエロティカに思える「この状態」、恐怖の叫びをあげる女性への一種超越的な共感の感覚についての「恐怖」、自分の好きなコメディ番組とそれを愛した天才ピアニストのつながりに癒される主婦の裏にあるじりじりとした閉塞感が絶妙に怖い「グレン・グールド」、ぱらぱらと移り変わっていく情景とそれへの認識がかすかにずれてブレているようで、しかしどこが間違っているとか指摘できないのに、馴染みがあるような感覚が魅力的な「混乱の実例」、奇妙なユーモアが感じられると同時に、それが比喩されるものはなにかとつい思ってしまう「オートバイ忍耐レース」などが気に入りました。
 海外文学にあるていど慣れたひとにおすすめかもしれませんが、一編一編が短いので、少しずつ噛んで含めるように味わっていくのが正しい一冊かもしれません。

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