「伊藤潤二の猫日記よん&むー」伊藤潤二(講談社)



  わたしとしては、日本マンガ界のキングオブホラーのひとり(キングが何人もいるのはおかしいかもしれませんが、楳図かずお先生や日野日出志先生、その他多くのキングたちの存在も無視できず、かといってプリンスというのもなあということでひとつ)であると思ってやまない伊藤潤二先生による、エッセイ猫マンガです。
 婚約者と共に新居で暮らし始めた伊藤先生。しかしそこに、彼女は実家で飼っていた呪い顔の猫、「よん」を連れてくると決め、なおかつよんの遊び相手として子猫の「むー」を選びます。最初は犬派であり、呪い顔の「よん」はむしろ忌避していた先生ではありますが、まずはノルウェージャンフォレストキャットである「むー」の可愛さにノックアウトされ、恐れていた「よん」もまた、顔が「呪い顔」なだけであって、普通の猫だと納得するにいたってすっかり猫馬鹿親馬鹿な生活を送るようになったのでした。ところで「呪い顔」ってなんだと思った貴方、こればっかりはもう、見ていただくしか。
 最近はやりの猫マンガと分類されてしまうのかもしれませんが、そこはそれ、笑いと恐怖は紙一重の伊藤先生でいらっしゃいますので、そこらのものと一緒にされてしまっては困るのですよ。一緒にされるほかのものも困るかもしれないが。なんせ、いつものホラーマンガと同じ描線で、自分自身と婚約者の姿も描かれます。ええ、あの絵です。婚約者のかたは、おかわいそうに白目です。さすがに富江と同じというわけにはいかないだろうけど、もうちょっとなんとか…と思っていたら、さすがに抗議はされたご様子です。が、その後も、そのまんま白目を剥きっ放しなところが先生。まあ、先生と婚約されるのだから、あるていどのご覚悟はおありなのだろうな…。もちろん、先生ご自身も顔には縦線、牙を剥いて猫たんの顔を吸い込むホラーっぷりです。素晴らしい。
 しかし、伊藤先生の大きな魅力としてその絵の魅力が挙げられると常々主張してきたわたしとしては、この猫たちの描写がたまりません。先生は決して分かりやすく巧い絵ではないと思うのです。いわゆるマンガ絵ではないし、かといって単純にリアル描写でもない、とても奇妙なバランスのもと成り立っている、美しい描線でいらっしゃいます。ひとつひとつのものを丁寧に観察されているんだろうなというのが伝わってくるその仕事振りは、今回の猫たちの描写でも如何なく発揮され、猫飼いのひとなら「これこれ!」と同意せずにいられない、ポーズがそこかしこで見られます。なんというか、身体の伸びっぷりと、動物としての動きっぷり。けれど、ことさら特殊に書いているわけではない。たとえば、ただ猫がごろんとなって伸びている絵なんて、猫マンガには吐いて捨てるほどあると思うのですがこの作品におけるキャスターにもたれて死相を現している「よん」ほどのリアリティを持ち、かつ爆笑を誘う絵は、そうないと思うのですね。これもぜひごらん頂きたい。
 猫に思い入れはしても、それは飼い主側の勝手な思惑であり、当の猫は超然としている。そんな当たり前のことでさえきちっと一本線を引いて、笑いに昇華できている構成力は、やはりホラー作家のものだと思います。猫好きというより猫飼いのひとにおすすめしたい一冊です。猫ってこうだよね!と共感すること請け合い。で、これが面白かったなら、ぜひぜひうっかり伊藤先生の他の作品を。たまげますから。

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