「ページをめくれば」ゼナ・ヘンダースン(奇想コレクション・河出書房新社)


 
 早川の異色作家短編集と同じくらいそそられる、河出の奇想コレクション。これもまた順番に読んでいこうとしているとことろですが、まずはこの一冊。ゼナ・ヘンダースンという名前には覚えはありませんでしたが、代表作とされている「なんでも箱」はアンソロジーで読んだことがありました。少し不思議で幻想的で、でも甘すぎない良い話という印象があったので、この短編集を手に取ったのですが、これがなかなかの収穫で、楽しませていただきました。
 収録作にほぼ共通しているのは、SFが絡んだファンタジックな作品でしょうか。教師として働きながらの作家生活だったとのことで、学校に通うこどもを中心にした作品がメインです。しかし、というか、だから、というか。彼女の作品では、大人とこどもとの距離感が巧みな気がします。両者はけして対等でないかわりに優劣がつけられるわけでもない、という二つの立ち位置の配置が見事です。完全に理解は出来ない、けれど、どこかで繋がっている関係。こどもとおとな、二つの違う世界は、相容れることが出来るのか。大好きな先生に群がる生徒たちと、そこから外れたこどもに手を差し伸べる大人という図式が、ステロタイプでなく、嫌味なく受け入れることが出来るのは、そこにファンタジーの香りが濃く漂うからかもしれません。以下、とくに印象に残った作品をご紹介。
忘れられないこと」知識はあるのに読むことが出来ない障害を持った転校生ヴィンセントを迎えた現実主義者の女性教師。ヴィンセントが起こす奇妙な騒動は、やがて思いもよらぬかたちで、彼女の現実主義を揺り動かすことになって…という物語。物語のダイナミックなSF展開も面白いのですが、なぜヴィンセントは能力があるのに読むことが出来なかったのかという謎が明らかになったときに感激しました。これはファンタジーです。だからこそ優しく救いがある。またさらに、すべての事柄が収束したかと思えたときに、ふと女性教師が気づく新たな可能性が、わたしにはハッピーエンドなのか、そうでないのか決めかねます。ドアの向こうに立っているのは、何なのでしょう。
光るもの」母とたくさんの弟妹と一緒に貧しい生活を生きている11歳のアンナは、ある日、お隣のおばさんから奇妙なお願いをされます。夫が留守にいるあいだ、夜、ひとりになりたくないから泊まってくれないかと。朝ごはんと昼食代に惹かれて頼みごとを引き受けたアンナの前で、おばさんは寝る前に奇妙な儀式を始めます。彼女の探しているものと、未だ受け入れられずにいる運命とはなにか。はっきりとした謎ときがあるわけではありませんが、アンナの見届けたものは、とても美しいとわたしも思いました。
いちばん近い学校」不意の転校生を受け入れることになった田舎町の学校。学校規約にこそ違反してはいないものの、旧弊な教育委員会の委員長は目を回してしまうことになるいでたちの転校生の正体とは。少女の描写がとても可愛らしい。アザミ!アザミ!また、いちばん近い学校が、ここだったから、彼女はやってきたというアイデアがシンプルながら効果的。少し寂しいラストまで情景を目に浮かべながら読むと楽しいです。
先生、知ってる?」これはファンタジーでもSFでもない、シンプルなお話。けれどいちばん切なくて、いまの日本にも普通に起こっているであろう情景。生徒の小さな打ち明け話が、彼女の家庭の様子と崩壊までをつたなく先生に伝えるとき、教師はどうすればよかったのでしょうか。
小委員会」互いに憎しみあい、戦争をしていた異星人と地球人が交渉のテーブルについたとき、かれらの家族もまた同じ地域で時を過ごしていた。停滞と混乱、不信が続く男たちの会議の脇で、子供たちと女たちはごく自然に交流をはじめ…というお話。わたしはこの短編集では、いちばんこれが好きです。毛糸玉、男の子、フルートのような声、美しい布、ビー玉、ピクニック。使われている小道具のどれもが他愛なく、身近で、そしてとても美しくて。あまりにもファンタジーで、夢かもしれません。同じ地球に住んでいるもの同士でも、あり得ない奇跡かもしれません。けれど、わたしたちはこれが起こりえることを知っていると思います。男には分からないと傲慢に思うほど。わたしたちはこの感覚を知っています。小さな視線のぶつかりあい、おずおずとした挨拶、ふれあい。それらがごく自然に生まれ出でていくこと。美しい話です。
ページをめくれば」読む人によって解釈は分かれると思いますが、これは、大人になってから、身内以外のこどもと触れ合ったことがあるひとには、分かるかもしれない感覚だとわたしは感じました。彼らに、伝えたいし、教えたいことでありながら、完全に理解させることはできないまま、あきらめてしまわなければならないことがこの世にあるということ。それは届くのでしょうか。そして、最後の主人公の述懐は、それを受け取ることが消して幸せとはいいきれないことを示唆します。いつまでも、いつまでも。息をし続ける魔法は、呪いと区別がつかなくなってしまうのではないか。わたしはこういう作品を教師であったひとが書いたということが重要なのだと思います。
 それなりの分厚さがある作品集ですが、読み終わっても疲れは残りません。非常に懐かしい感じのファンタジーであります。しかし、読後感はしっかり残るうえに、柔らかな色彩と落ち着いた感触に満ちた作品集だと思います。とてもよかった。

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