「本当の戦争 すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄」クリス・ヘッジズ(集英社)



 この本は、15年にわたり、戦場特派員として世界中の紛争地を取材してきた前線記者が、自らの経験と多くのプロフェッショナルな軍人や専門職の協力を基にして、戦争とそれにまつわる様々な事柄について、Q&A方式で示した、一種の戦争マニュアルともいうべきものです。
 まずは、戦争の定義と歴史から始まります。そして、軍隊(米軍)に入隊することと、入隊したあとはなにが待っているのか、大量破壊兵器について、戦場で起こりうる様々な体験について(それには戦闘のみならず捕虜になること、負傷すること、さらには死に方、埋葬までも含まれます)、そして、除隊したあとの生活についてまで、丁寧に語られています。すべての場合において、非常に実際的で、かつ、きめ細かい記述であると思います。しかし、けして読みにくい本ではありません。政治的な主張も美辞麗句も盛り込まれておらず、ごくシンプルにたずねられたことに答える、というスタイルなので、どこから読んでも大丈夫ですし、自分の興味があるところだけをつまみぐいしても満足が得られるかと思います。
「戦争」という行為は、実際に、どういうことであるのか。兵隊になるということは、捕虜になるということは。そして、使われる兵器は人体にどのような影響を及ぼすのか。戦争の影響に性差はあるのか。ここにある437の質問の対象は、大きな事柄から小さなことにまで及びます。
 軍隊に入隊して「休暇はどれほどもらえるのですか?」「女性は軍人に魅力を感じるのではないですか?」「同性に言い寄られることはありますか?」と気になることもあれば、戦場に行ったのちも「シャワーや風呂の間隔は?」「テレビを見ることはできますか?」「セックスのことは考えるでしょうか?」と、少しばかりユーモラスな、ただ実際に質問するのは憚られるような質問もあります。そしてもちろん、「負傷した場合、死ぬ確率は?」「地雷を踏んだらどうなりますか?」「爆発物が体に突き刺さったが起爆しなかった場合、どうなりますか?」「どんなふうに死ぬでしょうか?」「死ぬときはひとりぼっちでしょうか?」という類の質問も。
 
 兵士になる可能性が限りなく低い(女性であり若くもなく、特殊技能も身につけていない)わたしにも、関係のある質問もあります。すなわち「民間人は戦争でどういう目に遭いますか?」「撃たれ、爆撃され、レイプされ、飢え、家を追われる」という答えは予想できても、その語の後に続く歴史が証明する数字の大きさは、その途方もなさが静かに衝撃です。さらに、大量破壊兵器の章の淡々とした記述がもたらす恐ろしさもかなりのものです。また、たとえ、住んでいる場所が影響を受けずとも、戦争があるということは、なんらかのかたちで、民間人にも影響を及ぼすはずです。その多くは、夫や近親者が兵士になった場合でしょう。「兵士であった自分を思い出すよすがとして、遺族はなにを受け取るのでしょうか?」「遺族は棺にかけたアメリカ国旗を受け取る」という一行だけの答えは、シンプルですが、重いものです。
さらに著者は、このような本を作成した意図について、次のように述べます。
われわれは戦争を高貴なものにする。娯楽に変えてしまう。そうすることで、戦争の実態や、戦争を行う者の受ける影響や、戦争によって苦しむ者の存在を忘れてしまう。(中略)…戦争のロマンティックなイメージを信じ込んでいる場合は、ことに戦争にまつわる真実を直視するのが難しい。それは自分たちが戦いに送り込む者たちに強いている犠牲を、はっきりと意識することでもある。
そうした若い男女が、自分たちが味わう困難のことでまやかしの説明を受けるようなことがあってはならない。民主主義の世界では、有権者である大衆は戦争の正確な代価を把握していなければならない

 そう、自分たちの選択によって、なにが起こるのか。なにが待ち受けているのか。これは米軍が主になっている本ではありますが、多くの事実関係では日本人にも理解し得る内容だと思います。単に軍隊に興味があるだけでも、様々な知識を得ることができると思います。読みやすさと、内容の濃さがバランスよく、あとは自分の頭で考えるだけという読後感をもたらしてくれるマニュアル本だと思います。

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