「虹をつかむ男」ジェイムス・サーバー(異色作家短編集・早川書房)



 ぼちぼちと読み続けている異色作家短編集。初版が60年代ということもあって、それらのいくつかは、正直、時代の流れのなかに押し流されているようなものもありましたが、これはそれらとは一線を画す作品集です。真にオリジナルなもの、人間の本質を救い上げるようなものは時代の流れにとらわれないということがよく分かりました。50年近く前のものでも、こんなに奇妙で、こんなに面白いのだから。
 ここに収められているのは、ほとんどどれもがありふれた人々の日常の生活にふっと現われる、奇妙な出来事や人物のもたらすことの顛末を描いたものです。ものすごく説明しにくい作風です。ホラーでもなく、ミステリでもなく、かといって単に人間の悲喜こもごもを書いたものでもない。それらのどれでもあるのかもしれない。とても奇妙にねじくれたユーモア、というのがいちばん近いか。なにがおかしいとは表現しづらいものの、それは奇妙だ、おかしいと表現するしかない、味。まさに異色作家です。以下、いくつかのご紹介を。
虹をつかむ男」妻の尻に敷かれた中年男が、買い物のつれづれに夢想する世界。そのなかでは、かれは無敵の軍人、天才医師、銃殺隊を前にしてもはかない笑みを浮かべて一歩もひかない英雄なのです。かれの夢見る足取りはいつも止まることはなく…。これが代表作で映画にもなっているそうですが、これが代表って。まあ、分かるけれど。ある意味、この一作を読むだけで、この作家の奇妙さは分かっていただけるのではと思うような作品です。これのなにがおかしいのか、これくらいは誰だって考えるよといわれるかもしれないけれど、その、誰だって考えるようなところを、とってつけたような落ちもなく、そのまま恐れ知らずに作品として提供しているところ、これはかなりとぼけたひとなのではないでしょうか。
空の歩道」誰かがしゃべり始めると、その文句を横取りして先に話さずにはいられない性分の美しい妻を持った男の悲劇。あくまでも美しく、悪意なく、夫の話の落ちを横取りし続ける妻に対して、夫が取った対抗策とは。ええ、わたしはこれを立派な悲劇だと思います。これもまた、似たようなことはあると云われそうですが、それを作品にするのがえらいよ。
ツグミの巣ごもり」おしゃべりで不快きわまりない権力者である、会社のオールドミスを消そうと心に決めた会社員。けれど、実際の行動に出る前に、かれの頭に浮かんだもうひとつのもっといい考えとは。これはとてもしゃれたミステリだと思います。
妻を処分する男」秘書とかけおちするために、妻を処分しようと思う男。しかし妻の毒舌は殺意を告げられても止まらずに…。これはすばらしく奇妙な話。実際に映像で見たら、コメディになるんだと思う。けれど、まさに売り言葉に買い言葉が、事態をエスカレートさせていく、淡々とした展開はやっぱり怖い話でないかしら。
ビドウェル氏の私生活」妻に黙って息を止め続けることを始めた男。それにイライラした妻は、その行為を禁止する。一度は止まったように見えたその習慣だったが…。実は一押し。ユーモアといえば、まさにユーモアですが、うん、ここまでありそうだけれども誰も書かない些細なことがときに重大な事態を引き起こすことを示されると、ぞくぞくします。わたしは「暗算」(ネタバレ)が出た瞬間に吹き出しました。
ダム決壊の日」アメリカの片田舎で起こったデマによる避難騒ぎ。その一部始終を書いたものですが、人間って面白いなと思います。素直に。
ウィルマおばさんの勘定」計算が不得意なウィルマおばさんの買い物につきあった少年が見聞きしたおばさんと店員のやりとり。これ!これを笑うだけですむひとは幸せです。アメリカだの日本だの国を超えて、人種と年齢を超えて、似たようなやりとりはあちこちの売店で繰り広げられることでしょう。全世界のウィルマおばさんとハリス氏に幸あらんことを。
本箱の上の女性」著者がこれまでに描いてきた様々な一コママンガとその解説らしきもの。これがシンプルな線で、いかにもアメリカの一コママンガという感じでいいのです。小説と作風が変わらないのがすごい。
 総合して言えるのは、とりたてて劇的なことも起こらず、奇妙な人物が活躍するわけでもないけれど、さりげなくとんでもないことが起こるので、読み終わったあとには、なんとも不思議な読後感が残る感じ。なかなか、誰みたいなとのたとえも浮かびません。周りの人間を観察していくうちに、ふっとひっかかったものが、まとめられ、作品になっているように思えますが、そこにユーモアと皮肉のスパイスが加えられている。まさに奇妙な話が読みたいひとにおすすめです。

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