「花狂ひ」下村富美(小池書院)



 よし、分かった。きっと小池書院にはわたしの生き霊がとり憑いている編集者がいて、わたしが欲しい本を出しているんだ。と、書店でこれを見つけたときに確信いたしました。塩川桐子先生の「ふしあな」(感想)に続く、小学館PFコミックスで新刊が止まっている作家さんの小池書院による新装版(未収録入り)です。今回は9年ぶりの新刊となります。じゃあ、あとは、24年待っている、萩尾望都作品集の第三期をお願いします。がんばれわたしの生き霊。
 そのような妄想が浮かぶほどに、この作家さんも新刊を待っていたひとりです。最近は、小説などのイラストでよく見かけていました。この画力ならそれも十分納得の話なのですが、やはり、それよりはマンガを…と望んでいたところに来ましたこの一冊。しかも単行本未収録の作品が、二作とも素晴らしい。
 舞台はどれも戦乱の世です。汚れた着物をまとって、生きることに懸命な人々が、武士も、商人も、河童も、この世のものでないひとも、自分の生きかたで、世界を這いずり回っている。けれど、どれも卑しくはなく、ユーモラスで、たまに繋がるあちら側の世界のありさまは、たまらなく美しい。以下、とくにお勧めのものをご紹介。
反魂
 荒れ果てた羅生門のそばで、追いはぎの真似事をしようとした若者が、偶然きいた僧侶の最後の言葉。それに従い、地中から掘り起こしたのは、反魂の秘術を書いた巻物だった。ああもう、なんて可愛いのかしらこの骸骨(反論不可)。憎めないキャラクターと、美しい絵、派手ではないけれど、どこかほっとするような愛らしいお話です。
鬼舞
 山中で迷い、鬼に出会った武士のとりえは、ひとを笑わせることだった。短い作品ですが、骨のある展開と、最後の一枚が凄い。鬼というものの本質にまで思いを馳せたくなる作品です。

 合戦あとの戦場で拾った武将の首は生きていた。金儲けをたくらんで、それを連れて京に入った男たち。軽やかなユーモアとどこか達観した視線が、本当にこの時代の空気を感じさせます。御伽草子という言葉が似合う作品。最後がブラックでいい。
蝶の墓
 記憶を失った男と琵琶法師が、鬼に出会ったときに、起こる不思議な一夜。聞こえないはずの琵琶の音が闇夜に響き、法師の歌声までがすごんで届くような作品です。 
 この作家さんの魅力といえば、やっぱりこの絵だと思うのですが、軽みもありながら、まっすぐにひとの生き死にを見つめる姿勢と、それを生かしたストーリー構成も、すごいと思うのです。そういう意味では、実は下村富美では、一番押しなのは長編「仏師」です。顔に醜い痣のある彫ることに憑かれた男。かれが、美しく高貴な姫を見て、その姿を彫りたいと願う、この話。人生の無常とそれに負けない人間の強いまなざしを乾いた線で表現したこの話が好きで好きでしょうがない。クシャナ姫が好きなひとは絶対にこの姫が好きなはず(笑)。そういう人物造形がまた見事です。長編がまた読みたいなあ…。

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