「まんがと生きて」わたなべまさこ(双葉社)



 
 わたなべまさこは少女漫画界で長らくのキャリアを誇るマンガ家さんですが、この本は、彼女の自叙伝です。なんと、80歳にて、いまだ現役のマンガ家として活躍中というカッコよさであります。
 わたなべまさこの作品といえば、「ガラスの城」が浮かぶひとが多いと思うのですが、わたしは「聖ロザリンド」!さすがにリアルタイムではなく、細かい内容は覚えていないものの、サスペンスとホラーが好きな幼い少女心を見事にくすぐる内容であったと思います。あと、市立図書館にあった戦記ものマンガのシリーズに収録されていた「蝶はここには住めない」というアウシュビッツを舞台にした話も、印象的に覚えています。まだ、大人向けのマンガとか意識できずに、歯医者の待合室で手に取った女性週刊誌に掲載されていたような気がする「悪女シリーズ」も記憶にあります。
 このように、キャリアがあるマンガ家さんというのは、たとえコアなファンでなくとも、作品がそのまま読み手自身の歴史に寄り添っている感があります。といいつつ、実は実は、わたくし、現役でわたなべまさこのマンガを購入してまして……、確かに絵やセンスの古さ(しかしこれは古いというよりも、完成されたものがそこで固まってるというべきだろうな、弓月光とかと同じ)はあるのですが、そんな『金瓶梅』の文庫版の続きはまだでしょうか…。


 この本は、そんな80歳の現役マンガ家が、これまでの自分の人生を振り返る内容です。しかし、単なるマンガ家の回想というより、ある一定以上の裕福さに恵まれた少女の戦前から戦後にかけての一代記でもあり、昭和初期、戦中戦後の東京の豊かなイメージが楽しめます。なんせ、彼女が育った祖父母の家のお隣は、上野動物園だったりするのですから。祖父母の溺愛によって守られた、実に少女らしい伸びやかな感性が、あの時代にマンガ家を志した女性ならではの自由な発想と感覚に実を結んでいく過程が生き生きと楽しいです。戦争が終わったと聞いの第一声が「じゃあ、スカートはいていいの?」って、とんでもないかもしれませんが、実に可愛いじゃありませんか。
 そして、そんな感覚が、「昼間着ている洋服のままでお布団に入り」「朝の食卓にはごはん茶碗しか見当たらない」当時のマンガに、新風を送り込んだのも分かります。そして、自身の作品が、いつしか時代に取り残されたときには、新たなジャンルへと飛び込む柔軟さを与えてくれたことも。
 もっとも、そこかしこに見られる家族自慢とモテ自慢が鼻につく、という方もおられるかもしれません。まあ、モテ自慢は少女マンガ家のデフォルトだし。これも80歳になった御婦人が振り返って甘い思い出を楽しんでいると思えば、実に可愛らしい。そこで、薄っぺらい恋愛論とかふりかざさないのも歳の功ですね。 小さいときからお絵かきが好きだった少女が、手塚治のマンガに出会い、とにかく大量に作品を描いていったものの、壁にぶつかり、新路線を見出し…という歴史を読んでいくと、すでに大家になっていることも一瞬忘れて、応援したくなる気持ちになるような本です。人柄なのだと思います。
 そして、少女マンガ家としてははじめての勲章を得て、名実ともに大家となりつつも、その人生をしめくくる言葉が「たくさんの作品を描いてきましたが、まだまだ自分としては納得がいかない、本当に納得のいく作品を描きたい。読者に喜んでいただける作品を創りたい」であるという事実になんだか心が震えます。素敵な女性だと思いました。

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