「夢幻紳士《回帰篇》」高橋葉介(早川書房)



 わーい夢幻紳士の新刊だ、と書店に並んでいたのを喜んで手に取ったところ、帯には「セルフリメイク」の文字が。そう、今回は、これまでの夢幻紳士(青年版)の怪奇篇をセルフカバーした作品集なのですね。いっそ、いまの絵柄でスチャラカ版夢幻紳士のカバーも面白かったかもしれん。
 音楽ではそう珍しいことではありませんが、セルフリメイクは、マンガでは(往年の名作以外では)あまり目にすることはない気がします。そういや、江口寿史のマンガで、漫画家の武道館ライブというネタがありました。巨大スクリーンにその場で描いたマンガを映していって、大喝采を浴びるのですが、アンコールで同じネタを繰り返し、大ブーイングを受けるという落ち。「音楽は良くてなんでマンガはいけねーんだ!」という台詞があったような気がします。
 さて、今回のセルフリメイクはといえば、選ばれた作品がどれも名作なこと、なおかつ、いまの高橋葉介の絵柄が最高にわたし好みであるということもあって、たいへん満足な出来になっております。オリジナルバージョンの「怪奇篇」が、わたしが苦手な魔実也氏おたふくかぜ期(いやその。絵柄で人物がえらく下膨れになっていたことがあったのです)だったこともあって、こればっかりはセルフリメイク賛成。「怪奇篇」でも、ちょっと幼い印象になっているあたりの魔実也は可愛かったりするのですが。
 どの作品もよいのですが、ひとつ紹介するならば。ある夜、酒場で出会った女は、魔実也の腕の中で、毎夜見ている夢を打ち明ける。それは「暗い誰もいない夜の街角で夜よりも暗い影のような男に喉を切り裂かれる夢」…という、オリジナルが好きで好きでしょうがなく、未だにわたしのなかのベスト・オブ・夢幻魔実也な「夜会」。これも、実に素敵な出来でした。カバーが素晴らしいと、オリジナルが色あせてみえてしまうこともあるかもしれないのですが、これは、どっちも別個の作品として素敵。変わったところといえば、微妙なコマ構成と絵のみで、あとは台詞はほとんどすべて同じ。しかしこれは完成度が高すぎて、いじれなかったのかもしれません。
 ていうか、もう本当に、この一冊。魔実也氏が美しくて美しくて。もひとつおまけに美しくて。しかも艶めかしい。ぶっちゃけ、エロい。「蝙蝠」の最後のコマの、タバコに火をつける瞬間の表情とか、なんのおかずかと。「幽霊船」の最後、凄みのある魔実也氏に、心からうっとりして、ああ、もうわたしの理想の楠本柊生がここにいる、とため息をつかずにはいられませんでした。まったく似てないけど。外見でなく、佇まいがね、こうだったらいいのにな、って……(無理な願望)。
 アイデアが秀逸な作家さんゆえに、セルフリメイクという手段を、ネタ切れ的に解釈するひともいるかもしれません。でも、これもいいんでないかなあ。原本の「怪奇篇」も文庫で容易に入手できるわけだから、読み比べてもまた楽しいかも。絵柄こそ、変化することが多かった作家さんですが(それは単純に巧くなったとかいう話ではないのだな)、本質部分にはほとんど変化が無いからこそ出来る試みなのでしょう。おすすめです。

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