「毎月新聞」佐藤雅彦(毎日新聞社)



 著者は、「だんご三兄弟」や「ピタゴラスイッチ」などで知られるメディアクリエイターです。わたしは、ユニークな視点で気づいたことを、柔らかいけれど含みのある良い文章で表現できるひとだなという印象をもっています。
 
 表紙にもなっている「じゃないですか禁止令」などは、様々な場所で話題にもなったと思いますが、こういう、一歩間違えれば、頭の固い人の苦言とだけ捕らえられそうな気づきを、分かりやすい例とそれが生まれる意識のからくりを分解することによって、読む人にぴんと来させる文章上のテクニックが実に巧いと思う。人柄も伝わってくるのですが、それ以上にこのひとは文章が巧いのです。それも、いわゆる文学的な意味でなく。なんていうか、説明書を書くのが上手なひとが、本当の意味で文章が巧いひと、というレトリックを思い出す、そんな巧さ。平易な言葉で、しかし誰もがうなずいてしまう内容を説教臭くなく書けること、これは才能というほかありません。中学校の教科書に載せてもいいような気がします。
 それらのなかでも、わたしが特に印象に残ったのは、でかけるとき、靴を履き終わったあとで忘れ物に気づいたときに、ひとが取る行動を入り口にして人間に普遍的にある、一度はじめたことを途中で終わらせることができない心理の動きを、もっと大きな視点へとつなげる「おじゃんにできない」、高校時代の対照的な二人の教師の思い出から「ゆとり」「個性」「自由」という言葉の空疎を思う「つめこみ教育に僕も一票」、高校の同窓会の名簿から、高校時代の友人の死を知り、「取り返しがつかない」と思うとき、それは、その死自体をそう思うのでなく、知らない間、かれが生きていることを前提として生きてきた自分自身のバランスだった「取り返しがつかない」などでした。

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