「リーシーの物語(上・下)」スティーヴン・キング(文藝春秋)





 キングによる幻想とサスペンスが溢れる長編小説です。リーダビリティの高さでは定評のあるキングですが、この作品もお墨つき。それぞれ400頁近くある二段組の上下巻を読み終えるのに、合計で4時間半ほどかかりましたが、退屈させられることはまったくありませんでした。やっぱキングすごい。
 二年前に有名な作家であった夫を亡くしたリーシーは、かれの遺した書斎を片付ける作業にようやく取り掛かろうとしている。しかし、そうやっていても、夫の声は自分の耳に響いてくるようだし、ふと目にする写真や新聞記事が引き金となっていつでも過去の思い出のなかに飛び込んでいく自分がいる。夫の遺したものには、研究者垂涎の貴重な文献や未発表の原稿もあるはずなのだが、作業は遅々として進まない。リーシーには精神を病んだ経歴がある姉がおり、その状態も気にかかっているのだ。
やがて、夫の遺したすべてのものに関して、彼女がたどりつかなくてはならない場所、整理しなければならない記憶と、現実的な恐怖がリーシーの目の前に迫ってくる。それは亡き夫、ランドンの一族が持ち続けた呪われた運命と異界への扉に、リーシーが向き合うことも求めるものだった…。
 一見、現代的なサイコサスペンスらしく物語は進行しますが、やがて、じわじわと超自然的な要素が物語に染み出してきて、世界をその色に染めていきます。破天荒といえば破天荒ながら、この無茶加減を無茶と思わせずに読み進ませる筆力がキングです。壮大な法螺話といわばいえ。わたしは西洋ファンタジーがあまり得意でなく、ファンタジー的な異世界描写とかにはピンとこないたちなのですが、この作品でのそういう部分には違和感なく入り込めました。また、時に血なまぐさく、恐ろしい状況も暴力も頻出するこの物語ですが、その根底に流れる人間性の肯定、家族の絆というものをナイーブなまでに信頼しているその姿勢があるからこそ、キングは多くのひとに愛される作家なのでしょう。そしてそんな絆があるきっかけで簡単に崩壊することもまたキングは書くのですが。
 超自然的な能力を用いながらも、本質的なところでは人間みずからが持つちからや感情、思いのようなもの、サムシング、それを肯定するキングのやりかたが、わたしは好きです。人間はときに弱く、おろかで、同時にとても強く、賢い。その事実を認めた姿勢が、かれの壮大な物語を支える根っこのひとつなのだと思います。それはどこか、ひとつの神話のようにわたしには思えるのです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする