「脳は意外とおバカである」コーデリア・ファイン(草思社)



 タイトルの柔らかさと挟み込まれるイラストのいい感じでアメリカンな雰囲気に、軽く通俗的な内容を予想して読み始めたところ、それこそ意外としっかりした内容で、興味深かったです。作者はオーストラリアの心理学者。実験心理学を通じて得られた人間の行動と意識に関する所見について、わかりやすく豊富なエピソードと実験結果を用いて語っていきます。
 文中では「脳」と書いてますが、どっちかというと「こころ」や「精神」のほうがぴったりくるかな?しかし、それではまさに「気の持ちよう」でどうとでもなることだと思われるのが厭だったのかもしれない。人間が犯す誤りを、眠らなくてはいけないのに眠れない、という身近な例や、心配性の女性ほど恋人との間にトラブルを起こしやすいという知見などから説明する内容は、ちょっとした話題のネタとしては申し分ない感じ。
 しかし同時にそれらの実験結果は、脳の持つ特性によって、人間が、偏見や差別につながるステレオタイプについて、それをいかに自然に信じ込み、ちょっとした仕掛けが用意されるだけで、他人にいともたやすく服従して他者に危害を与えるのか、という部分にまで踏み込んでいきます。それらは読んでいくと、ちょっと気が滅入るほど。世の中のひとはこうかもしれないけれど、わたしは自分の頭で考えて行動する、と思いたくとも、実際の世界を見ること、なによりもまず、己の行動をかえりみれば、とてもそうとはいえないことが、この親しみやすい言葉で語られていくさまざまな実例により納得できるようになっています。
 たしかにわたしたちはみな、自分には偏見がなく、己の意思で行動して、そうそう環境や状況の影響は受けないと思いたい。でも、本当にそうなら、どうして世界はこうなのでしょう。むしろ、わたしたちは、油断すれば、偏見に基づいて他人を判断し、誰かの意図通りに動いて、馴染んだ環境のもと、それ以外の人々には理解できないような行動をとりがちなのではないでしょうか。まさに作者がいうように、実験で得たそれらの教訓も、自分にあてはめるよりも他者にあてはめるほうがずっと簡単なのです。よって、ある種の偏見に凝り固まった人間を説得することのとてつもない困難さも、これで理解することが出来ました。
 しかし、自分の脳はいかに都合よく自分の希望に合わせて認識を変化させるのか、事実を事実として受け入れることなくいくらでも抜け道を用意するのか、ということへのあらかじめの自覚があるのと無いのとでは、やはり人間の行動にも違いが出てくることも、作者は教えてくれています。そして、意識を自分の中で飼いならすことにより、己にとってプラスな行動をとることができるようになる、との事実も。その自戒が、自分とは違う考えを持った人間への架け橋になるのには、なにをどうすればいいのかは、それぞれ個人が考えなくてはいけないことでしょうけど。
 わたしもいま、そうやって自分が抱えている問題の多くを、この本のなかで挙げられているものと照らし合わせ、反省したり面白くなったりといろいろです。タイトルほどのんきな内容ではありませんが、専門書の堅苦しさはありませんので、人間の生活に、自分の脳がどう関わっているかに興味があるひと、人間行動に興味がある人におすすめです。

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