「アメリカの小さな町」トニー・パーカー(晶文社)


 殺人という罪を犯した人々へのインタビューで構成された「殺人者たちの午後」(感想はこちら)が面白かったので、他の作品も読んでみようと思い、手に取ったのがこの本です。600頁もある厚さですが、退屈することなくするすると読み終えることが出来ました。一時、同じようなインタビュー形式での著書が有名なスタッズ・タ―ケルの本に凝ってた時期があるので、抵抗がなかったのかもしれません。しかし、これは(巻末に収録されている対談で語られている通り)インタビュー形式ではあるものの、インタビューする側のトニー・パーカーの言葉は記されません。なので、それはまるで読者に直接語りかけられているように思える語りになっているのです。
 「殺人者たちの午後」と大きく違うのは、この本がイギリス人の著者によるアメリカのカンザスにある人口2000人の小さな田舎町の人々を対象にしたインタビュー集であるということです。それだけだとなにが面白いの?と思われる対象かもしれません。なんせ、わたしはてっきり70年代の話だと思って読んでいたところ、原著の発行年が1989年でものすごくびっくりしました。それくらい保守的で、真面目な古き良き、と表現したくなるような人々の暮らしが語られていきます。
 ここに登場するのは、警察官、町長、検事、商店主、医師、弁護士、ウェートレス、美容師、主婦、教師、学生、トラック運転手、復員軍人、また、住所不定の人や犯罪者にいたるまで、およそこの街を構成するすべてと云っても過言ではない90人近い人々です。同じ町に住んでいるとはいえ、年齢も職業も住んでいる地域もさまざまなかれらの発言が重なり、組み合わされていくことによって、この小さな町の構成と世界が読み手に理解出来ると同時に、古き良き、だけでなく、人種問題や10代のセックス、貧富の問題なども浮かび上がってくる過程は、ちょっとスリリングです。はい、わたしには、語られている内容でなく、読み手の中にひとつの町が再構成されていく過程が、スリリングに思えました。
 あまりにも多くの言葉のなかでも、狭いコミュニティだからこその良さと息苦しさが浮き彫りになるけれ、その善し悪しが判断の対象になることはありません。ただ人間の人生がある、と思いました。当たり前ながら、ここには人間がいると感じました。アメリカという国の広さと深さも。色々と問題もある国なのは百も承知で、わたしはこの大国が嫌いになれません。わたしがアメリカのなにを知っているのかと問われればそれはそれで困ってしまうのですが、この本にしばしば登場する自分のチャンスを信じる力強さに惹かれます。もちろん、何度もやり直す機会を与えられつつも、それを生かせない人間も、ここには存在するのですが。
 厚い本なので、一見とっつきにくように思われるかもしれませんが、ひとつひとつのインタビューは長くありません。読みやすい語り言葉で翻訳されていますので、目次をぱらっと見て、気になった物を拾い読みすることから始めてもいいのではないかと思います。

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