「働き方革命ーあなたが今日から日本を変える方法」駒崎弘樹(ちくま新書)



 好きな読書のジャンルを問われれば、ミステリ、幻想、奇妙な味に、サイコサスペンス系ホラーと答えるわたしですが、実は、いわゆる自己啓発本やライフハック本も、わりと読んでいます。社会人になってから10年近くたったころから、意識的にそういう本を読むようになった。ほら、ダイエット本とかも読んでるだけで痩せられるような気分になるじゃないですか、それと一緒で読んだだけで生活が改善されたような気に(駄目だそりゃ)。
 というか、そういった種類の本は、フィクションを読むときと違って、1冊の中で自分が活かせると感じた箇所が一つ二つ残れば儲けもの、という読みかたをしています。職種・年齢・性別その他もろもろの違いを考えても、自分にぴったり合うマニュアルなんかあるわけなくて、それはきっと己で作っていくしかないのだから、あくまでそれのヒントになるものを見つけていくものとして扱えばいいんじゃないかと思うのです。一冊の本や、一人の著者のいうことだけを有り難がって、それに自分を合わせていったら、それがどんなに優れたものであっても、いつかはどこかに齟齬が出てくる。なので、このジャンルは数を読むことに価値がある気がします。昨今の新書ブームで、気軽に手に取れるくらいに、数が増えたのはありがたい。
 余談ながら、女性でそういう系を読みます、というと、じゃあ勝間和代とか好きなんですか、と云われるかもしれないけれど、これもついていけるところとそうでないところがあるので、いいとこ取りで…と答えます。が、これまでに働く女が増え続けていたにも関わらず、書店にあるのは「職場で上司に愛されるOLのマナー」みたいなのか、「アメリカ留学後独立した私のビジネスライフ」みたいな、ある意味、両極端な本しかなく(あとフェミニズム系のもの)、お手本を求めていた人が多くなっていたところに、ちょうどいい感じで現われてくれた人なんじゃないかなという印象を持ってます。べつに働き方だけでなく、美容だって料理だって恋愛だって整理整頓だって、女の子はみんなお手本に憧れるのが大好き。「こうすればいい」って教えてくれる人がいれば安心する。できるかどうかは別として。でも、わたしもたとえば自分にこれから就職する姪とかいたら(資格を持った専門職の道に進むのでなければ)、一般的なマナー本のほか、彼女の本で「会社でチャンスをつかむ人が実行している本当のルール」を推薦します。実践するのでなくとも、こういう考え方があると知っておくことは勉強になると思うから。


 さて、そういう風に使用してきたこのジャンルの本ですが、これまでにブログで感想を書こうと思ったことはまずありませんでした。まあ、ぶっちゃけ、恥ずかしいというのが一番の理由ですが(いい年して怪獣や幽霊が出てくる漫画や本の感想を書いていることはむしろまったく恥ずかしくない)、そういう読み方をしているわけなので、まとまった感想にはなりにくいのですね。あと、どこが役に立ったかという話をすると、自分のオフラインでの生活も書かないといけなくなるし、それはもっと恥ずかしい。けれど、今回のこの本だけは、頭から尻尾までたいへん楽しく読むことができたし、こういう本を読んだことがない人でも、楽しめる内容と文体だと思ったので、推薦させていただこうと思います。本当に面白かったんですよ。
 著者は79年生まれ。慶應義塾大在学中にITベンチャー経営者として頭角を現したあと、卒業後は「地域の力によって病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会を作れまいか」と考え、NPO「フローレンス・プロジェクト」(URL)をスタート。内閣府のNPO認証を取得し、代表理事に…という経歴だけで「頭が良くて優秀な方でいらっしゃるのね」と遠ざけたくなる気持ちになりますが(わたしはなった)、いやいやそれが。頭が良くて優秀という印象は一読後も変わりませんが、本当の意味で優秀というのは、「柔軟な考え方が出来て、常識にとらわれない行動をとるために最適な方法について、試行錯誤しながらも取り組んでいける」ことなのだな、と思いました。
 理想をもってNPOを立ち上げて、がむしゃらに働いたおかげで、会社は数人の社員に給料を払えるまでになり、様々な評価を得ることができた。そして、気づけば、「会社のオーナーは自分だが、会社が自分のオーナーに」なっていくような生活を送り、ただ忙しさに追いまくられていたある日、ふと、気付く。忙しさのあまりに心のバランスを崩す人々に。忙しい夫を支えるために、仕事を辞めざるをえない女性の存在に。自分のこの働き方は愛する人の可能性を殺す働き方なんじゃなかろうか?そんな時期に、アメリカで受けた研修により、著者は自分の考え方を変えるきっかけを得ます。
 個人的には、この本でいちばんネックというか、読み手に「だからこういうのは厭なんだよ」と思われてしまうのは、この、著者がアメリカで受けたセミナーで気づきを得るところかなと思います。だって、みんな、セミナーとか自己啓発とか、ぶっちゃけうさんくさいと思ってるよね。わたしもそうです。けれど、そこが著者の人柄なのか、巧さなのか。「目標は必ず言語化し、繰り返し見て、自分自身に刷り込んでいきなさい」という言葉通りに、自分の目標設定をしてみたところ、その内容の恥ずかしさのあまりに飛行機内で悶えまくったり、「俺、相当イタいな」と恥ずかしくなって、誰にも見られないようにするにはどうしたらいいのかと必死に画策するくだりとかは、どこのテキストサイトかと思うくらい。いや本当に外国人の自己啓発系の本では必ずといっていいほどある、この言語化のプロセスに「そんな恥ずかしいことできない」と思い続けてきたわたしには痛いほどよくわかる(笑)。そしてこのくだりで、優秀なのはもちろんだけど、それ以上に理想を持っていて、でもそれを実現できるかどうかを考えれば素直に恥ずかしいし…という正直な戸惑いを隠さない、普通の人柄であるのがわかる。それに対して、斜めに構えるか構えないかで、この本の受け取り方は変わるんだろうなあ、と思います。でも、以下引用。
このキャラに合わないメルヘンなドリームが、人の手に渡ってしまったら?!いや、それを言ったらキリがないだろう。今でも人様に見せたらドン引き必至な動画の数々が、僕のハードディスクが地球だったとしたら、陸地分くらいを占めている
 そういう開き直りのもと、無事、著者が理想の言語化プロセスを終えたころには、読み手であるわたしも、この理想とかれがどう取り組んでいくことができるのかということを興味深く見守れる体勢になりました。ドン引き動画、気になるなあ。
 そして、この後は、著者が、どうやって自分の働き方を変えていき、その次に訪れた、食いぶちを稼ぐ普通の仕事(ぺイワーク)で「働く」のとは別の、新たな「働く」ということと、どう組み合っていくのかが、具体的かつ軽妙に語られてきます。成功例だけでなく、失敗例も語られているので、その試行錯誤の過程もわかりやすい。なるほど、と思うことも多いです。もっとも、これくらいの規模の会社だから、こういう業種だから、著者がオーナーだから、「できた」と思われるかもしれませんし、もちろん、そういう部分も多いでしょう。けれど、だから、こういう立場以外の人間には役に立たないかというと、そんなことはないと思います。とりわけ、「自分の仕事」と呼べるものを抱えた人間であればなにかしら、得られるヒントはあるのではないでしょうか。否定でなく肯定で物事をとらえることは、意外と大事なことであります。あと、ワーカホリックといえば男性というイメージがありますが、働く女性に関する部分も多く、女性が読んでも違和感が無いと思います。本の中でも語られていますが、そりゃ、こういう経営者のもとになら、働きながら子供を育てたい優秀な女性が集まってくるわ、と思います。
 また、基本的にはうまくいった話なので、「そうそううまくいくわけないじゃないか、現実をみてみろよ」と途中から苦々しく思う向きもあるかもしれません。けれど、著者がその視点を忘れてはいないことも、最後近くのエピソードで現わされています。残念ながら、これまでに具体的な行動や方法で生活を変化させてきた著者も、現実の日本全体の働き方を変えることに関しては無力といってもいい存在です。けれど、それがわかっているからこその理想であることも、ここでは語られていると思います。何とか同世代の人が、こうやって日本の未来を考えている。それはとても嬉しいことだし、自分になにが出来るだろうかということも思いました。まさに啓発される感じ。でもそれは思考停止でなく、むしろ思考することを求められる啓発なのです。
 さらに、働くとか自己啓発とかそういうテーマに興味がないひとにも、普通の読み物として、とても面白く読めるのではないでしょうか。どこにでもいるワーカホリックだった青年が、ある気づきをきっかけに、働き方を変化させ、それによってパートナーや家族との関わりといった生活までをも変化させていく物語として。文体の軽妙さもそうですが、構成も巧み。なによりも、ここに溢れる、この前向きさ、ひたむきさが、ひとつの物語になりえていると感じました。I havea dream、という感じです。新書で700円というお値段であることを考えれば、十分にお得な読書体験を得られると思います。おすすめ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする