「頭の中身が漏れ出る日々」北大路公子



 老いた両親と糖尿病の犬と北海道で暮らすフリーライターの独身女性。いまのところ、彼氏なし。そんな彼女の日常に起こるささやかな出来事をつづったエッセイ集。と、思って読んだら、たぶんびっくりします。この紹介文でも嘘はついていないのだけど、あのね、このひとの好きなこと、昼酒なんです。そう、
 「蕎麦屋で昼ビール飲みながら見てたニュース番組の放火犯に向かって、『他にすることないのか』と思わずつぶやいたら、となりの知らないおっさんが冷酒のコップ掲げながら、『オレらもな!』と言って私の肩たたいたからね
 というひとであります。あらなにかしら、この一気にこみあげてくるお友達感。
 そもそも酔っ払いというのは、誰でも人に話せばそれなりに受けがとれる失敗談の一つや二つは、話題のレパートリーとして持ち合わせているものですが(わたしの持ちネタとして未だに燦然と輝くのは「名古屋で呑んで新幹線で帰ろうとして、岡山で降りるはずが新神戸で降りた。しかも気づいたのはタクシーで、自信満々に自宅の住所を告げたあとだった」というやつですね。これを超えるネタはもう作りたくない…)、キミコさんのそれは、なんというか、派手でない。ドラマチックでない。ちょっとお酒が過ぎた人間なら誰しも納得してしまう、けれど、やっぱりそんなこと起こらないよ?と確認したくなるミステリアスなリアル感に溢れています。これはもう、読んでいただくしか。そしてキミコさんのネタは別に酔っ払いネタだけに限らない。それもまた良い。
 もともとは、日記をネットに掲載していたものが書籍化されて注目されたひとで、現在は(サンデー毎日」でエッセイが連載されています。書籍になっているものは全部、目を通していますが、どんどんネタがこなれていって、文章のリズムも素晴らしく、新しくなればなるほど面白くなっている印象です。わたしは、サンデー毎日連載分を書籍化した一冊目(本書は二冊目)「生きていてもいいかしら日記」で初めて著者のエッセイを読んだのですが、それ以来、ずっとご贔屓です。いい意味で、ネット出身の書き手らしいクールさがある。それが癖と思う人もいるかもしれませんが、わたしは好ましい。
 単なる背景だけを取り上げれば、日本中にいくらでもありそうな家庭にいそうな女性の独り言で、確かにちょっと分かりやすく駄目な感じで自堕落(すごい表現だがこれがぴったりくる)な生活なのですが、その駄目さが人並み外れてではなく、誰しもがなんとなく思い当る不器用さだったり寂しさだったりして、添えられている自虐風味を含めて、厭な感じは受けません。女性の酒豪自慢って鼻につくことも多いじゃないですか。でも大丈夫、キミコさん、ちっとも自慢してないから。むしろぼんやりと絶望してるから。
 あと、なにより文章。ラフに書いているようでいて、こういうユーモアは本来とても難しいのに、おおげさになることなくあっさりと、素晴らしく的確な表現で、笑いのツボをぎゅっと押すのです。いやマジで。この本に収録されている、柔らかい餅を愛する父の姿を描いた「紙パック交換啓蒙運動」を読んで、わたしは文章を読んでのたうちまわって笑うという経験を久々にいたしました。しばらくは「のねのね」という形容詞を思い出すだけで笑えた。あ、一冊目の「生きていてもいいかしら日記」では、三年ごとに会う友達との一夜を記録した「サトちゃんの取り扱い方」がベスト。どちらも、いやもう、読んで、としか云えません。
 30歳以上で独身で、仕事一筋というわけでもなくて、酒好きで、そろそろ親が老いはじめたなーと感じる女性ならば、共感というかなんというか、じんわりと胸に広がる「分かりたくないけど分かる」感にひたれるのではないでしょうか。単純に、面白いフリートークが好きだったり、笑えるエッセイを求めているかたにもおすすめです。

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