「あなたならどうしますか? 」シャーロット・アームストロング(創元推理文庫)



 いつもおすすめ本探しの友としてお世話になっている桜庭一樹のWebミステリーズの読書日記で知った一冊です。作者に関する事前の知識はなにもないまま、短編集なら読みやすいだろうと探してみたところ、意外な厚さでした。中編と呼んでいい長さのものが二篇ほど収録されているせいだと思います。以下、とくに印象に残ったものをご紹介。
「あほうどり」
 たまたま泊まったモーテルで、酔っ払って妻の寝室に間違って入り込んだ男を殴ってしまった夫。その場はおおごとにならずに収まるが、数日後、かれらが手にした新聞には男の死亡記事が掲載されていた。良心の呵責に耐えかねた夫は、未亡人のもとを訪れるが…。
 どちらかというと奇妙な味とかひねった作品を勝手に予想していたわたしは、そのストレートなサスペンスぶりにちょっと慌ててしまいました。夫婦ふたりの家庭に巧みに入り込んでくる可哀そうな被害者の面をかぶった他人、という構成が、読んでいるあいだずっと神経を逆なでされるように厭な空気をはらませるのに成功していて、巧いけど、読んでいて神経が消耗しました。もっともこれは褒め言葉でもあります。それくらい巧い。ミステリには時々、こういうパターンの話がありますが、わたしにとって最大の悪夢は、この「他人が私的領域に入り込んでくる」ことなので、すごくぐったりしました。安部公房の「友達」とかああいうやつ。スプラッタとかホラー以上に受け付けません。この作品でも、何度も妻がその罠から抜け出そうとしては失敗するたびに、妻と共に息をのんで運命を呪っていました。まあ、夢中になって読んでいたわけです。それがどういう展開に転がっていったかは読んでのお楽しみ、ですが、うーん。話自体はミステリとかサスペンスの範疇だし、突飛なことはなにも起こらないのに、なんともいえず不思議な読後感が残ります。なんでこんなことを思いつくんだろう?という設定の奇妙さを感じました。
「笑っている場合ではない」
 ダブルデートで出逢った女性は、最初から様子がおかしかった。殺人の現場を目撃したというのだ。しかし、彼女は虚言癖があるのだと周囲のひとは本気にしない。けれども主人公はどうしても彼女の言葉が気になって…。
 どうしてこんなことを思いつくんだろう。最後まで読み終わって、本当に唖然としました。無理がある話ではないし、どんでん返しとか、トリックがあるわけではない。けれど、なんでこんなことを思いつくのか、こういう人物を造形できて、なおかつこういう運命をたどらせることが出来るのか。そしてなおかつ、とても奇妙な話ではあるけれど、リアリティはある。何十年も前に外国を舞台に書かれたこの作品と同じことが、いま、現代の日本で起こってもおかしくないくらいの、リアリティが。
「あなたならどうしますか?」
 「バスに乗っているとき、ふと窓の外を見て、一年も前に死んでしまったはずの人の姿を見たら、あなたはきっとびっくりすることでしょう。まして、そのときが、彼の未亡人の再婚祝いのプレゼントを買いに行く途中だったら……その再婚相手が、密かに恋していた男性だったら……そのせいで、胸が張り裂けそうだったら……あなたならどうしますか?
 冒頭を引用しました。いやまさに、こういう話です。いとこのマーシャが夫であるエディを亡くし、自分が密かに恋していたジョンとの再婚を決めたときに、死んだはずのエディを見かけたナンは、懸命にかれを探そうとします。しかし周りは取り合わず、失恋したナンの言いがかりだと聞く耳を持ちません。それでも自分は確かにエディを見たのだと信じた主人公は…。だからなんでこんな話を思いつくかな。すごく奇妙。すごく不思議。パズルの最後の一ピースがうまく入りそうでずれているような、背中のボタンが一個だけ掛け違えているけれど、自分ではそれを確かめられないような、足元の不安定さに襲われるラストです。そりゃないよ、と云いたくなるひとも多いだろうけど、しかし、この問題に正解があるともわたしは思えない。いやはや、本当に、あなたならどうしますか?
「ミス・マーフィ」
 オールドミスの事務員として高校に勤務するミス・マーフィには、ひとつだけ心惹かれる存在があった。普段の彼女の生活とはかけ離れた、廊下を闊歩する四人組の不良たち。そんなかれらを見るとなぜ心が沸き立つのかと、自分でも不思議に思っていたある夜、ミス・マーフィは思いもよらぬことでかれらと対峙することに…。
 なんとも不思議な残酷さに満ちた短編です。人間心理の奇妙さというのは、こういうものかもしれないと思いました。理屈でいえば通るであろう道筋でない道を、ミス・マーフィのプライドが流れていくのを見た気がします。ラストの彼女の述懐は、強さに満ちていると思いました。人間は、他人に対してとても気軽に残酷になれるけれども、そうされた相手は、それを気軽に受け止めることなど出来はしない。なにも詳しく説明されていないけれども、ミス・マーフィの選択は納得がいくものです。でも、事実関係だけを取り出してみれば、おかしな選択にもなりかねない。それを読み手に納得して受け取らせているのが、作家の力量なのだなと思いました。
 ここでは、わたしの好みの少し奇妙な味がする作品を選んで紹介しましたが、ストレートなサスペンスやユーモアがある作品も収録された短編集です。粒揃いといってもいいと思います。しかし全編を通じて感じるのは、やはり「どうしてこんなことを思いつくんだろう」ということ。どこにも突飛さや派手さがあるわけではないのに、なんともいえず、奇妙。奇妙なのは人間の心の動きなのだと言ってしまえばそれまでですが、ちょっと変わった読書体験をしたいかたにおすすめです。

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