「46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生」ロバート・カーソン(NTT出版)



 
 3歳の時に、事故で視力を失った男、マイク・メイ。かれは両親の理解のもと、障害に臆することなく人生に挑戦を続け、障害者スキーの世界選手権で3つの金メダルを獲得し、実業家としても次々にアイデアを生み、美しい妻と二人の子供の父親として、「視力のある人生は素晴らしい。けれど、視力のない人生も素晴らしいものです」とスピーチすることをためらわない男だった。そんなかれが46歳のときに、思わぬニュースがもたらされる。視力を取り戻すことが出来るというのだ。マイクはためらう。いまの人生を満ち足りたものとして考えていたかれにとって、それは、まるで目の見える人が五感以外の新しい能力を授けてあげようと云われたのと同じことだった。いまが幸せなのに、リスクを負ってまで、さらに新しい能力を得ることにどれだけの価値があるのだろうか。ぎりぎりまで悩んだ末に、マイクはたったひとつのプラスの要素、すなわち、視覚とはどういうものなのかを知るチャンスに対する自分自身の好奇心に賭けて、手術を受けることを決める。その結果、かれが得たものは…。
 実話を基にしたノンフィクションです。が、わたしは最初てっきりその本人が書いた一人称による独白ものかと思っていたので、それが三人称による小説のようなかたちで始まったので、戸惑いました。しかし、手術前後のマイクの現在進行形の人生と、これまでのかれの経歴が交互に挟み込まれてゆく前半の構成により、手術に至るまでのマイクという人物のキャラクターが、読み手にしっかりと伝わってきて、すぐに気にならなくなりました。かれがどういう人間か、なにを喜びとして生きがいとしているのか。それが理解できたうえで、かれが手術の結果にどう対応し、新しい経験をどう受け止めたかを知ることが、強い感慨をうみます。マイク自身は、(日本人からしたら、ということなのかもしれませんが)強烈な個性の持ち主で、小説の主人公のようなくっきりとした信念と人生経験の持ち主です。何事にも挑むことをためらわないこと。そんなかれだからこそ、視覚を取り戻す手術のあとに訪れた困難にも立ち向かうことが出来たのだと自然に納得できます。それは、一人称でないこの語り口のおかげかもしれません。
 そう、マイクは手術の結果、視覚を取り戻すことが出来ました。しかし、これまでの、全盲の状態から視力を回復した人々のほとんどすべてを襲った失望と絶望も、マイクは受け取ることになったのです。それがどのような種類のことであるか、またどのようにマイクがそれを克服して受け入れていくことが出来たのかについては、それが一番の読みどころなので、ぜひ、実際に本を読んで欲しいです。「見る」ということに関して、本当の問題は視覚だけでなく脳にもあるのだということが良く分ります。そのことに関しても、豊富な図版が収録されており、自分の目でそれを見て、己の脳の不思議な働きを知ることが出来ます。実際、わたしたちは目を閉じたとしても、本当の意味で目の見えないひとの気持を理解することはできません。その隔絶した感じをうまく乗り越えることに、この本は成功していると思います。
 冒頭に掲げられた哲学者のキルケゴールの言葉通り「勇気をもって挑戦すれば、一時的に足場を失う。だが挑戦しなければ、自分自身を失う」という言葉のままに、人生に挑み続けるマイクの姿勢は、とても果敢で、わたしとしてはこれがアメリカン・スピリットだなと思えるものでした。視覚障害に何の興味もなくとも、マイクという主人公の個性と経歴を読んでいくだけで、なみの小説よりもエキサイティングな読書体験を得られると思います。また、人間の脳の働き、なにかを失い、また得るということへの普遍的な人間心理についても、何かしら感じることがあるのではないでしょうか。

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