「少年になり、本を買うのだ」桜庭一樹(創元ライブラリ)



 これはすごい。この世に傑作は存在するが、知らずにその書棚の前をなんども、なんども、なんども、フンフン鼻歌を歌いながら通り過ぎてしまうのだ。ばか。俺のばか。いつもの書店の棚にも、それらはまだ埋もれているのかもしれない、と思うと、たまらない気持ちになる。出合わないって、おそろしいことだ。怖いので、布団を被って寝た。(P189 より引用)
 読書を愛する人間にとって、優れたブックガイドを発見することはなによりの喜びであります。しかし、本が好きな人間のなかには、ひとに勧めるのは大好きでも、他人のお薦めはなかなか手に取らないタイプのひともいたりします。わたしにもその傾向があるのですが、それはつまり、自分が読みたい本だけでも手一杯なのに、このうえ他の本までも!ということと、自分に合うブックガイドを見つけるのがなかなか難しいせい。矛盾するようですが、たくさんの本を読みたい読書好きほど、自分の好みが確定しているため、素直にお勧めに従えないわけです。はい、うっとおしいです。しかしながらそんな人間でも、そのうち行き詰ってくる。なので、何冊かのブックガイドを手にとってみても、どれも、その、一長一短。たとえば、文章が面白くて論旨も納得いくひとのお薦め本を読んでみたら「どうもその…」だったり、優れた作家のお薦めが、作家個人の傾向と全く違ったものだったり、「泣けます!笑えます!心に残ります!」的な押しつけがましいものは、それだけで「なんかそういうのじゃないんで…」と、むしろお勧めされたものを避けたくなったり。やばい、わたしのお薦めもそうなってるかもしれん。
 そうやって何冊かのブックガイドを読んでみて分かったのは、これだけ広大なジャンルと好みと歴史で構成された読書という世界なのだから、自分自身と好みを同じくするひとを見つけなくてはならない、というある意味で当たり前のことでした。名作、傑作、ベストセラーを褒めるのは当たり前だけど、そうじゃなくてもうちょっと、そういうものからこぼれるようなものを差し出してほしい。新刊じゃなく、古い本からも、お勧めしてほしい(それも、古典ではなく)。はっきりと好みのジャンルがあって、その新刊だけを押さえていけば満足なひとならばいいかもしれませんが、わたしはジャンル買いというよりは作家買いのタイプなので、その作家の新刊が出ないうちに、やっぱりなにか探したくなるのです。何より、新しい作家に出会いたい。
 桜庭一樹という人の名前を知ったのは「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」が話題になったあたりから。しかし国産ミステリにあまり興味がないわたしがそれを手に取ることはなく、次に「私の男」で直木賞を受賞したあたりで、大変な読書家らしいという評判と、読書日記の存在を知ったのです。その段階では、小説はいっさい未読。それでも、まあ、失礼を承知で書きますが、読書好きと自認されても、その本が自分の好みでなければ意味はないし、直木賞を取るような売れ線(いや本当にそう思ってた。とんでもなかった)のひとが、読書量を誇ってるといってもどれだけのものかなあ…とものすごく舐めた気持で読み始めたわけです。いまここで、己の馬鹿さ加減を暴露してるのは、わたしと同じような先入観を持ってる人に、それを覆してほしいから。いや、本当に馬鹿だった。舐めてましたすみません。濃かった
 わたしがこの読書日記を好ましく思うのは、その読書量もさることながら、対象となるジャンルと書かれた時代の広さです。もちろん、ある程度の傾向はあって、海外文学とミステリが多めな感じですが、それがわたしにとって良かった。これは個人的な感じ方ですが、桜庭一樹のお薦めは、打率8割でわたしの好みに合うのです。今まで手に取ったブックガイドは1?2割がせいぜいだったので、これは嬉しい。この一冊での一番の収穫は、ローリー・リン・ドラモンド「あなたに不利な証拠として」(わたしの感想はこちら)ですが、それ以外にも、野呂那暢「愛についてのデッサン」橋本治「女賊」ウィリアム・モール「ハマースミスのうじ虫」、デイビッド・アーモンド「星を数えて」などなど。短い感想は、Twitterでもよくつぶやいてます。紹介されている中には、既読のものもあるのですが、勧められているのを見ると、実に納得いく感じ。作家にしても、これから読んでみようかな、と思わされるひとが何人も出てきました。どのメニューもおいしそうでどれを選んでいいかわからないシェフのおすすめを目の前にしているような感じがします。
 なにより、読書への姿勢がいい感じです。すでに絶版になった本について触れるときも、レア度をひけらかすのでなく「こんなに読みたい(ないしは良い本)なのに、いま入手できないなんて!」と素直に悔しがるような、その純粋な読書への愛情。本を読むということが生活に根ざしたものであることが伝わる、その自然な筆致。実家に帰るとき、家でくつろぐとき、本棚の配置、書店での目線など、どんな場面でも本がそこに寄り添っているその描写は、読書好きなら誰しも納得いくものであると思います。あと、重要なんだけど、けなしてない。ブックガイドといいつつ、お勧めでない本を引き合いに出したり、なにかひとこと皮肉を入れずには収まらないタイプのものは珍しくないのですが、この本では、本当に「この本が良かった」「面白かった」「素敵だった」という素直な気持ちが全面に出されています。なんかそれ、良いよね。そう、上から目線じゃないんです。たくさんの本から自分のお薦めを選んでいく時、ひとは選別者としての自分がなにか特別な地位にあると勘違いしてしまうのかもしれない。でも、この本にはそれはない。その素直さが気持ちいい。
 また、この読書日記は、ちょうど桜庭一樹が話題作「赤朽葉家の伝説」「私の男」を書いている時期と重なっているので、創作の現場にいる作家の気持ちや、それと共にいる編集者の存在、作家であるということにまつわる諸々についても知ることが出来ます。また、それとは関係あったりなかったりする友人との交遊や、おいしそうなご飯などについても、各所にちりばめられていて、それはおいしいおまけかもしれません。わたしは、これを読んだあと、桜庭一樹の作品も読むようになったのですが、こんなに独特で、ぎりぎりの線で現実と触れ合っているにも関わらず、奇妙な作品世界を描くひとが日本の作家にもいたなんて、と嬉しくなるようなものが何冊もあります。一番のおすすめはやはり「私の男」(感想はこちら)ですが、「少女七竈と七人の可愛そうな大人」「青年のための読書クラブ」「ファミリー・ポートレイト」「赤朽葉家の伝説」などがとくに良かったです。
 読書好きには、ちょっと目を通して頂きたい一冊ですが、続巻もでています。現在もWebで連載中ですので、興味をもたれたかたは、まずここからのぞいてみてください。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする