「すべての終わりの始まり」キャロル・エムシュウイラ―(国書刊行会)



 「私はあなたの家で暮らしているけれど、あなたはそれを知らない。私はあなたの食べ物をちびちびかじる。あれはどこに行っちゃったんだろう、とあなたはいぶかる…鉛筆やペンはどこへ消えるのか…一番上等のブラウスはどうしたのか。(あなたと私はぴったり同じサイズ。だから私はここにいるのだ。)どうして鍵は定位置の玄関脇にはなくて、枕元のテーブルまで移動しているのだろう、とあなたは思う。たしかにあなたは鍵をつねに玄関脇に置く。あなたは実に几帳面だ」(p7「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」より引用。)
 わたしは海外文学が好きなのですが、長編の場合は、本当の意味で長く分厚い作品が多いのも海外文学。それで最後まで読んだらハズレなどという哀しいダメージがしんどいので、まずは面白い短篇小説と出会えないかとよく探しています。これもそんな風に探しているうちに手に取った一冊。タイトルと、冒頭に引用した一作目の冒頭に惹かれました。カバー見返しによると、SF寄りの作家とのことで、現代海外SFはちょっと苦手な自分でもいけるかなと思わないでもなかったのですが、これはいけました。全部で20の短編が収録されています。そのうちいくつかをご紹介。
私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない
 タイトルの通りの内容。けれど幾通りも解釈することが出来て、すごく奇妙な話です。わたしは最初、認知症が始まった女性の妄想話かと思った。けれど、どうもそういうものではなく、「私」は実体をもって「あなた」の生活を侵食していく。やがてその干渉は大胆なものへと変化していき、「あなた」の人生をも左右するような展開へと…。とてもスリリングで、やっぱり奇妙な話としかいいようがない。シャーリイ・ジャクスンを連想しました。
「見下ろせば
 鳥のかたちをした生き物と、それを神と崇める「半人間」。神である「俺」が、「半人間」の神殿に囚われの身となったときから物語は始まります。より大胆に長い物語となることも可能だったかもしれないけれど、そうしたら、単なる異世界ファンタジーで終わったかも。ある一部分を切り取って出したことで、印象深い物語となりました。「俺」の造形が、実に美しく、その「人物像」がくっきりとして勇ましい。
ウォーターマスター
 水路と水門を管理する男、ウォーターマスターと出会った少女。伝説の存在だったかれの真実の姿とは…。これもどこか神話めいていて、けれどそこにいるのはひとりの男と少女の平凡ともいえる姿だったりします。水がすべてを支配する世界。その運命が、解放感溢れる最後の場面から、まさに水の奔流のごとく広がっていくような、作品です。
悪を見るなかれ、喜ぶなかれ
 アーミッシュを連想させるような、語りと欲望、視線が禁止された村で、男と目を合わせてしまった女性が、そのままではいられなくなっていく物語。少しずつ少しずつ、けれど、変化は明らかに彼女を変えていき、それから目をそらすことは出来ない。これもまた、最後の解放感が心地良く、けれど同時に自由の持つ寂しさと厳しさも感じさせるような作品です。
石造りの円形図書館
 遺跡を発掘することを生きがいとする老婦人の生活を描きながら、少しずつタガが外れていく心の軌跡と夢、立ち現われる幻想とのコントラストが、凄みを帯びて美しい。そして同時に、読む側を惑わせるような作品です。そう、美しい。けれど、わたしは哀しいお話だとも思いました。
ジョーンズ夫人
 古い農家に住んでいる行かず後家の姉妹。二人は適度に憎みあい、生きづらさを感じつつも、変わり映えのしない生活を送っていた。けれど、ある日妹が「彼」と出会ったことから、物語は始まる。どういう話と例えていいのか分からない。寓話というか、歪んだハ―レクインのパロディとでもいえばいいのか。後味はもちろん良くはないけれど、洋の東西、時代を問わず、こういうロマンスの訪れを夢見たことが無い、あるいは理解できない女子はいないのではないでしょうか。だからこそ、この物語が体現する欲望はグロテスクでありながらも、すこし、悲しくてユーモラスであるとわたしは思いました。
ジョゼフィーン
 老人ホームから脱走してはつかまるジョゼフィーンと彼女を捕える役割を任されている「私」。今夜も徘徊を始めたジョゼフィーンを追いかけるうちに、私は思わぬ方向へと歩んでいくことに…。これは美しい、けれどとても奇妙なラブストーリー。不思議な話でありますが、どこか心が温まります。
いまいましい
 「彼ら」を探し求める一団の苦難と試行錯誤の日々を描いた、フェミニズム的皮肉がきいた作品。でもユーモラスで、ちょっとおかしい。短いけれど、好きな作品で、タイトルの意味に思い当った時に、さらにおかしくなりました。
 確かにSF寄りで(わたしのなかの海外SFに対する偏見として、まったく理解できないガジェットとアメリカンジョークが混ざり合って並べられるというものがあります)、ちょっととっつきにくい作品もありますが、むしろそれは味付けていどで、説明不要の不思議な世界観が語られているものが多い印象です。その不思議さの味わいと、女性なら通じ合う感覚が交ざりこんで込められている感じが、わたしには面白い作品集でした。不思議な感覚を味わいたい人におすすめです。

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