「SFマガジン700【海外篇】」山岸真編 (ハヤカワ文庫SF)



 〈SFマガジン〉創刊700号を記念する集大成的アンソロジーの海外編。12編が収録されています。
 実を言うと、これまでのわたしは、海外文学やミステリは好きだけど、海外SFには苦手意識がありました。ちょっと内容が理解できなかったりついていけない感じになることが多くて敬遠していたのです。が、この本はそういうわたしでも十分に楽しめました。まさに粒揃いのアンソロジー、なのだと思います。以下、とくに心に残った短篇について。
 「危険の報酬」(ロバート・シェクリイ)
 殺し屋から逃げ回っている一人の男性。その危機はTVで中継されていて…という内容で、いまや類似の作品(有名なところでは映画「バトルランナー」とか)が多く作られ、ディストピアものとしては一つのジャンルになってるのかもしれないのですが、この作品が発表されたのは1958年。こういう、当時は斬新な作品だったけれど、その後に同アイデアの作品がたくさん作られてしまったものというのは、その結果、オリジナルの作品は後世の人間から見ると色あせてしまう…という風になりがちなのですが、この作品は違いました。いまでも充分に読めます。発表当時は単にSFだった作品によって書かれた状況が、現代では当たり前に存在しているという事象はそんなに珍しいことではない。ただし、この作品では、発明や文化の進歩によって空想のものが現実化したということによってそうなったのではなく、むしろ人間心理、大衆の変わらなさを見抜いた力から考えられたストーリーが、結果としてこうなったということでは。それって、やはり、すごいんじゃないかと思います。なにより、そんな理屈を抜きにしても、普通に読んでもこの短篇は純粋に面白いのです。その昔、小松左京氏がこの作品の事を「読んで、目がひっぱたかれたような衝撃を受けた」と表現したのも納得です。
「江戸の花」(ブルース・スターリング)
 明治時代、文明開化の東京を舞台にした歴史ファンタジィ。小粋な芸を使う噺家と、元は幕末の志士だったけれどいまや鬱屈を抱える商社の青年、時代の変化のなかで自らの画風を変えて生き延びようとしている浮世絵師、という登場人物と、火事にの炎に彩られる江戸の町、陰気くさい煉瓦作りの建物、そしてなにより、電線を走る魔物!ユーモラスではあるけれども、それ以上にどこかもの悲しく、でも、新しい時代の抱える熱気が文中からつたわってくる面白さでした。
「いっしょに生きよう」(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)
 わたしは、どこかで読んだこの作家の「ビームしておくれ、ふるさとへ」という短篇がとても好きでした。せつない雰囲気に満ちた、どこか哀しい話だったと記憶しています。この作品も、せつない。原題の「Come Live with Me」という題名がまさにぴったりな、ひとりでは生きることが出来ない存在がもうひとつの存在を求める、美しい物語です。美しいスイレンの花のかたちをして、存在しないものをこの世に生み出すちからをもった共生生物の辿ってきた運命が、己の出自を求めることに繋がっていくこと。その壮大なストーリーが素晴らしいと思います。
「耳を済まして」(イアン・マクドナルド)
 孤独で禁欲的な生活を送る修道士の元に送られてきた一人の少年。その沈黙と夢から広がっていくイメージから、少しずつ明らかになっていくこの世界の謎。静謐な雰囲気から始まったこの物語が壮大なスケールの世界に広がっていく快感に圧倒されました。正直言って、ここで展開されている論理のすべてを正しく理解できたなどとは思えないのですが、それでも美しく、広がり、収縮していく、その世界の描写の素晴らしさよ。そして結びの静かさ。いや、堪能いたしました。
「孤独」(アーシュラ・K・ル・グィン)
 辺境の惑星に降り立った文化人類学者とそのこどもたちがその星で学んでいったものについての物語ですが、これがたまらなく好きです。異文化と理解、共感というイメージと、実際の母と娘の関係がかぶさって溶けるように一致していく展開に心が震えました。わたしに及ぼす力はあなたにはない。なんて美しく、重い言葉。単なる自立や別離の言葉でも物語でもなく、本来は互いに孤独である人間同志の関係としての母と娘の物語なんですね。この世に存在する、両者の関係を共依存の毒としてみなすか、あるいは神話めいた美しいものとしてしか見られない人びとに対して、この世界を見てよと言いたくなりました。母と娘。文明と荒れ地。二つの世界に属する主人公の見識の豊かさと美しさに、救われた思いになりました。そして、これは親という大人が介在することが出来ない兄と妹の物語でもあります。主人公の兄が、女である妹とはまた別のかたちで惑星の文化に惹かれ、そこから離れていくこともまた、この物語にとっては重要なものだったと思います。「ねえ、おまえが留まり、おれが行けば、おれたちは死に分かれになるんだね」という台詞のせつなさ。そこに込められた意味。描かれている異文化についての表現も、それだけでぐいぐいと物語を読み続けさせてしまうような面白さです。良かった。
 
 自分自身の海外SFに対する身構えを打ち壊してくれた、良いアンソロジーでした。とりあえず、これからは、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアとアーシュラ・K・ル・グィンをちゃんと読んでみたいと思います。

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