「狼少女たちの聖ルーシー寮」カレン・ラッセル/松田青子訳(河出書房新社)



 奇妙で歪で、不思議なほど美しい、10の短編が収められています。
 一篇をのぞき、すべての作品が思春期前後の子供を主人公としていて、その年齢にふさわしい瑞々しく純粋な心性と、それに付随する痛々しいほどの傷つきやすさと残酷さが混ざり合ったセンチメンタルな雰囲気が、作品そのものの奇想極まりない設定や展開で見事に中和されていて、とても不思議なバランスになっている作品ばかりです。どれもがおかしな世界のはずなのに、そこにたたずむ人々は、自分がよく知っている表情をしている、そんな感じ。
 わたしは海外文学が好きですが、ある種の海外文学のなかには、その奇想な展開にこちらの感性がついていけずに置いてけぼりになってしまったり、そのシュールさにお手上げになってしまうことがあります。ヌルい文学好きだなと自分のことを思うのはそんなとき。この本も、それに近いシュールさと奇想な展開は溢れているのですが、読んでいてもそういう置いてけぼり感とはほとんど無縁で楽しめました。
 なぜなら、登場人物たちがどんなに奇妙な立ち位置にあるおかしな存在だとしても、それぞれのキャラクターとしての造形がしっかりしているから。かれらの感じる哀しみや情熱に共感することが出来るから。だから、狼少女が集められた女子寮や、歌声で氷河を砕く少年合唱団、睡眠障害のこどもたちが集まるキャンプ、などの不思議さや奇妙さにも、すっと入ることが出来るのです。その奇想のなかに自分も入れてもらえるような不思議な快感を味わえました。
 どれもそれぞれに魅力的な短篇ですが、わたしがとくに好きなのは人間社会に帰化する為に集められた狼少女たちが、徐々に野性を失っていく過程とそこからはみ出した少女の運命が交差していく展開がせつなくて哀しい「狼少女たちの聖ルーシー寮」、ミノタウルスを父に持つ少年が西部を夢見て家族とともに歩き続ける開拓史「西に向かう子供たちの回想録」です。
 あと、この本の翻訳は、作家でもある松田青子によるものですが、とても良かった。わたしは松田さんの小説のほうも好きなのですが、原文を知らずともなんとも読みやすく、原文のエッセンスをこぼすことなく伝えていることが分かるような文章でした。訳者あとがきも、著者の経歴や他作品の紹介、各短篇の解題、著者が考えるカレン・ラッセルの魅力までコンパクトにまとめたもので、海外文学の翻訳解説にわたしが求めるものが揃っていました。良かったです。

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