「街角の書店」ブラウン、ジャクスン他・中村融編(創元推理文庫)



 不思議だったり、怖かったり、あり得なかったり、思いもよらない展開だったり…読み終わった後に、なんとも表現できないような後味を読み手に残す小説があります。そういう小説のことを、「奇妙な味」と呼ぶことをご存じの方は多いでしょう。この本は、そういういわゆる「奇妙な味」ジャンルの名作を集めたアンソロジーです。
 大人の小説の入り口が星新一だったわたしにとっては、原体験でもあり帰る場所でもあり、なによりも読んでいて落ちつくジャンルでもあります。短篇が主な為、このジャンルはすぐれたアンソロジーが多いのも特徴です。今回のこのアンソロジーも、予告が出た時から発売を楽しみに待ち続けました。期待を裏切らない濃い内容で、とても満足です。また、どの作品にも丁寧な解説が添えられているのが有難かったです。以下、その一部をご紹介。
「肥満翼賛クラブ」(ジョン・アンソニー・ウェスト)
 ある田舎町に存在する、とある集まりからのお知らせ、という形式を取ったこの作品。このアンソロジーのトップバッターですが、「奇妙な味」とはまさにこういうものですよ、というお手本のような読後感でした。「奇妙な味」の短篇は多くがそうなのですが、あらすじを不用意に紹介してしまうと、それだけで読書の楽しみがそがれてしまうことがあり、この短篇もまさにそんな作品です。ストーリーだけ説明するとラストが見えてしまいそうな内容なのだけど、何の事前知識もなく読み進めている時にはそんなものちっとも浮かばないのです。どんどん不穏な雰囲気が高まっていく展開が、まさかなラストに到達した瞬間に「やられた!」と思いました。良いです。
「ディケンズを愛した男」(イーヴリン・ウォー)
 映画「ハンドフル・オブ・ダスト」の原作「一握の砂」の原型となった一作。「奇妙な味」ジャンルでは、グロやエロという問題でなく読んだことを後悔してしまうような、後味がとても良くない作品が見つかることがよくあります。もう勘弁して下さい、と泣きを入れたくなって、物語の展開をハッピーにするためだけの二次創作とか作りたくなるような、読んだあともしばらく胃が重くて気分が沈むような、ぐったり系作品。これはまさにそういう作品なので本当にご注意ください。わたし、これ無理(泣)。イギリス流のブラックユーモアという分類なのは分かりますが、これを楽しめるとはアングロサクソンはタフだ…。
「お告げ」(シャーリー・ジャクスン)
 わたし的にはこのアンソロジー最大のお目当てがこの作品でした。シャーリー・ジャクスンの!雑誌掲載のみで単行本未収録の!短篇!しかも訳者が深町眞理子さん!わくわくしながら読んだところ、不思議なほどの読後感の良さと優しい展開に意外さを感じてしまいましたが、それはそれ。それでも、母親と娘の葛藤という暗いテーマが背後に潜んでいる辺りが、シャーリー・ジャクスンらしいと思います。でも、本当に可愛らしくて良いお話でした。こういうのもまた奇妙な味。
「アルフレッドの方舟」(ジャック・ヴァンス)
 聖書にしるされた大洪水が目の前に迫っていると信じ、箱舟を建造し始めた男。周囲はもちろん猜疑とからかいの目で見守るのだけど…というお話。人間の不思議な心理と集団心理の奇妙さを扱った内容で、ミステリでも普通小説でもない、どのジャンルにも属さないという意味で、まさに「奇妙な味」という読後感でした。このラストのあと、人々はどのようにふるまうのだろう…
「おもちゃ」(ハーヴィー・ジェイコブズ)
 いわゆる魔法のファンタジーではないのに、ファンタジーとしか言いようがない。ノスタルジーがテーマかもしれないのだけど、甘くなく、もしかしなくても、とても残酷な話ではないかと。読んだ人の多くが「自分がこの立場ならどうするだろう?」と思わずにいられないような、そんなお話だと思いました。
「赤い心臓と青い薔薇」(ミルドレッド・クリンガーマン)
 これも「ディケンズを愛した男」に負けずとも劣らない後味の悪さ。女性にとってはこっちのほうが駄目かもしれません。ストーカーものといってよいのかどうなのか。それよりももっと始末の悪い、理由の無い執着と逃げようがない情念がとにかく気持ち悪く、悲劇的な作品です。わたしは安部公房の「友達」を連想しました。
「姉の夫」(ロナルド・ダンカン)
 戦地に出征した弟とかれを溺愛する姉。その二人の間に登場したひとりの男。ゆっくり進んでいくロマンスだと思っていた話が、正解が明示されないまさかのラストに到着すると、もう一度最初から読み直さずにはいられませんでした。いくつも考えられる解釈のうち、自分がどの解釈を正解とするかでそのひとの性向が分かるような気もします。わたし?わたしはやっぱりこれは……あれだと思うなあ…。
「街角の書店」(ネルスン・ボンド)
 このアンソロジーの最後をしめくくる作品。あるはずのない本が並ぶ書店が登場するこのお話は、ありがちな話のようでいて、どうにも落ちつかない暗さを持ったラストは独特です。でも、読後感は悪くないのが良いです。
 一部だけ紹介しましたが、こんな風にバラエティに富んだ内容の、全部で18作品が収録されています。どれもが、奇妙で、解釈が分かれそうで、面白い作品だと思います。興味を抱かれたかたにはぜひご一読を。

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