2019年4月11日、「ルパン三世」の生みの親である、モンキー・パンチ先生がご逝去されました(URL)。
いつもと同じように起きた朝に、なにげなくツイッターをチェックしてこのニュースを知りました。え、とまず思い、81歳という年齢に、ああ、もうそんなお年だったのかと思い、それからずっと心あらずです。この文章を書いているいまも、そうかもしれません。なんというか、いまだに自分の気持ちをどう表現していいか、適切な言葉が見つからないままでいます。
この歳になると、それは決して珍しいことではありません。昔から知っている芸能人や、漫画家さんや、ミュージシャン。そんな遠い存在でなくても、もっと身近な、家族や、友人。そんな人たちがこの世を去っていきます。でも、慣れません。年を取るということは、これまでの自分を模ってくれた人が、姿を消すことが増えていくことでもあるのです。それはまるで、自分の一部がリアルにもぎ取られていくような感覚です。辛いなあ、と思います。
いつかはこんな日が来ると知っていた。だけど、それが今日だとは知らなかった、というのは使い古された後悔の言葉ですが、わたしもいま、その言葉を繰り返し思っています。
わたしは、モンキー・パンチ先生は、90歳になっても100歳になっても、あのダンディかつお茶目な笑顔で、ルパン関係のイベントに惜しみなくコメントやイラストを提供してくださるのだとなんの根拠もなく思っていたのです。そしてそのうち、自分も参加するルパン関連のイベントで直接にお顔を拝見することがあったり、先生のサイン入りのリトグラフを勇気をもって購入できたりすることがあるんじゃないかと思っていたのです。馬鹿だなあ、と思います。ほんとうに。なにをためらっていたのだろう。人間は肝心なときに間に合わないことがある、それくらいのことは知っていたはずなのに。
けれど、Twitterにあふれる先生への追悼の言葉を読んでいると、そこから垣間見える先生のお人柄が、どれもチャーミングでやさしくて、素敵なもので、それらを知ることができたのは慰めでした。それを読むうちに、先生は「ルパン三世」の生みの親であったけれど、さまざまな媒体でさまざまなクリエイターによって表現される「ルパン三世」を、じぶんだけのものと縛るようなことはしなかったのだろうとわたしは思いました(もちろんときには苦言ぐらいは口にされたようですけど)。そして、その寛大さこそが「ルパン三世」を50年生き続け、なおかつこれからも生き続けるコンテンツに成長させたのだとわたしは感じます。とても大きな方だったのだと思います。
そしてTwitterをながめているだけで、先生のお仕事の範疇の広さと楽しさがよく分かります。それもまた慰めとなりました。わたしなどがいちいち指摘するようなことではないのですが、先生はほんとうに自由な感性で、新しいものを取り入れることに躊躇しない優れたクリエイターだったのだと思います。現在、週刊アクションで連載中の「ルーザーズ」(吉本浩二著)では、そんな先生の若き日の情熱がリアルに劇画化されています。その情熱は、ときに形を変えることこそあったかもしれませんが、ずっと最後まで先生のなかにあったのではとわたしは思います。
なので、わたしはやはり、モンキー・パンチ先生の画集、あるいは選集というかたちでもいいので(なんといっても膨大なお仕事の量ですから全集は困難かもしれないので)、なんらかのかたちでの先生のお仕事の集大成が出版されて欲しいと思います。「ルパン三世」以外の先生の作品は数多く、しかしそれは現在入手困難なものが多いはずです。どんなジャンルであっても、作品が残る限り、クリエイターは本当の意味では死にません。そして、残されたファンにできる、なによりの追悼は、その人の作品を手に取り、愛し続けることだとわたしは信じているのです。それ以外、なにができるでしょう?
R.I.P。Rest In Peace。この言葉が自分の中ではいちばんしっくりきます。R.I.P、モンキー・パンチ先生。先生の生み出した「ルパン三世」という作品はこどものころからわたしのそばにあり、おとなになったときも思わぬ情熱に火をつけてくれました。そしてこれからもずっとわたしの人生に寄り添ってくれる存在です。ほんとうにありがとうございました。