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今年もお世話になりました。
by くさてる
 2014年が終わろうとしています。

 個人的に、今年の大きな出来事といえば、人生二回目の突発性難聴の出現で再度の入院を余儀なくされたことが思い出されます。聴力は回復したし、今回の難聴は音が原因でないものの、やっぱり自分は、ライブハウスでのライブに参加することは諦めなくてはいけないんだなあという気持ちを噛み締めました。10代から慣れ親しんできた楽しみから距離を置かなくてはいけないということ自体は寂しい話ですが、まあ、仕方が無いですね。本当に14帝國がバンドで無くて良かった。

 あと、それもあって、自分がブログやTwitterという媒体から何を発信したいのかなーということも考えるようになり、きちんとしたかたちで本の感想を残すことを心がけたくなったのも今年の変化かな。読書メーターでの記録に留めるだけでなく、もっと、心がうち震えるような作品に出会ったときには自分なりの長文の感想を綴っておきたいと思うようになりました。この数年、毎月の読書記録と式典の感想以外は放置状態が続いてしまったこのブログですが、そういう意味で仕切り直しです。まあ、今では、それよりもっとお手軽なやり方をする人の方が多いんでしょうが、わたしは、なんというか好きなものに関してはしつこくてねっとりしてるので、それを文章化しておきたいのですよ。そしてあとから読み返して、赤面したりにやにやしたりするのです。

 そんな感じで、ますます個人的な愉しみの発露にしかならないこのブログですが、それでもわたしの本の感想で、その本に興味をもって下さったり、14帝國の感想で、帝國を思い出して下さったりするかたがいらっしゃるとしたら、それはもう、とてもとても有難く、嬉しい話なのです。この文章を読んで下さったかた、みなさまに良い一年が訪れますように。来年もよろしくお願いいたします。

|| 18:10 | comments (x) | trackback (x) | ||
今年もお世話になりました。
by くさてる
 すっかり、読書メーターのまとめだけの更新になっております我がブログですが、Twitterでは、いつもなにかしら呟いておりますので、よろしくお願いします。Twitterでは呟き切れないお芝居やライブ、式典の感想はここで書くことを続けていくつもりです。

 今年を振り返ると、まずは春に突発性難聴で入院しました。地元のライブでの発症だったのですが、左右の耳での聞こえの違いに気づき、すぐに病院に行って良かったと思います。本当に、これは声を大にして、耳が怪しいと思ったら病院にすぐに行くようにとバンギャちゃんたちにはお伝えしたい。わたしは、幸い、聴覚は回復したのですが、未だに体調によっては耳鳴りがキツいです。正直言って、来年からぼちぼちリハビリとは思っていますけど…ライブハウスでの轟音のライブに行く勇気は、まだ生まれないです。あと、夏にも一回入院したので(これは予定していたもの)、健康と保険の大切さが身に沁みた一年でした。国民皆保険制度万歳。日本人でよかった。

 耳のことが合ったもので、ライブへの参加はほとんど取りやめになった一年でした。が、オレたち14帝國は本当に楽しかったです。定光寺中将が25kg痩せたことですし、来年からの式典も楽しみです。あと、宝塚の「銀河英雄伝説」も素晴らしかった。来年は、いよいよ「ベルサイユのバラ」を観に行きます。これも楽しみ!

 あと、去年から続けている地元の児童養護施設へのマンガや絵本の寄贈をちゃんと続けられたことも嬉しい。施設にも何度かお邪魔しましたが、役に立っているようでなんだか気持がほわんとしました。世界には悲しいニュースややりきれない事件が溢れていますが、そんななかでも自分にできることは僅かながらでもあると思えました。まずは身の回りにあること。自分のやれること。ていうか、それしか出来ないし(笑)。あ、自分もタイガーマスク的なことに興味があるけれど、どうしたら…というかた、もしいらしたらいつでも遠慮なく話しかけて下さい。一緒に考えましょう。

 来年の目標は、とりあえず、健康の維持と、仕事をより丁寧にやっていくこと、かな。それほど大きく変わることも無い年齢になりましたが、好きなこと、楽しいことを大事にやっていきたいです。

|| 17:18 | comments (x) | trackback (x) | ||
虎だ、虎になるのだ。
by くさてる
 …なり損ねちゃったんだけどね。

 一時のブームは落ち着いたようですが、今年最初の話題といえば、かの伊達直人ことタイガーマスク。ツイッターでも少し書きましたが、私はいまの仕事に就く前に、知的障がい児(軽度)の施設で一年ほど働いていたことがあり、この話題には関心を持っておりました。

 ていうかね、ぶっちゃけ、都条例の騒ぎの時に、どこかの施設にマンガを贈ることが出来ないかと思っていたのです。非実在でなく実在の子供に、マンガを愛する人間として何が出来るかとか色々考えていた時に思い出したのが、その施設に転がってた、回し読みされてぼろぼろの「なかよし」「ジャンプ」でした。そして、昨今のタイガーマスクの活躍に、むらむらとそのころの記憶が刺激されました。いろいろと厳しい状況にある子どもに、マンガを届けたいな、という気持ちになったわけです。

 でも、わたしが昔いた施設は、いまは経営母体が変わっていてちょっと縁遠い。なので、同じ地元の児童養護施設に、マンガか本を贈れないかと思いました。こう、流行に乗った感じでさりげなく。さすがに伊達直人と名乗る勇気はなかったので、同じ孤児院育ちとか、恵まれない幼少期とかの少女漫画主人公の名前はないかと友人と考えたりした。ええ、お調子者で申し訳ありません。わたしの一押しは「白木葉子」だったのですが(葉子お嬢様は少年鑑別所に慰問に行ってたよ!)さすがに分かりにくかな…と迷ったり。(たぶん迷うポイントそこじゃない)

 しかしなにより、今回のこの流れで、私が目をつけていた施設にも、すでにランドセルとかは贈られていました。以前、そういう施設にいたもので、こういう贈り物は、重なると置き場所に困ってしまうことがあるのも知っている。なので、まずは受けて頂けるかどうかを電話で問い合わせしようと思いました。そして、この段階にいたって、さすがのお調子者も、はたと立ち止ることとなりました。 なんせ、こんなことは初めての経験です。そういう意味で、とても勇気が必要でした。さすがに連日のこの騒ぎだし、施設側からしたら、うっとおしかったり単に迷惑かもしれない…と。やっぱり自分自身に「偽善者乙」的な気分も浮かんでくるしね。そうやって考えれば考えるほど、流行に乗っちゃえ的なノリは消え始めて、それでも、子供たちにマンガを届けたいな、というシンプルな気持ちだけが残り、とにかく、問い合わせてみるだけでも…と思いました。

 電話に出てくれた職員のかたに、なんと切り出そうかと迷った挙句「あの、最近のタイガーマスク的なあれなんですが」と云った瞬間に、相手の方が笑ってくれたので、わたしも笑い、一気に緊張がほぐれました。そこで、率直に、御迷惑でなければ、子どもたちに本とかマンガとか贈りたいのですが、とお願いしてみました。すると、もちろん寄贈で頂くこともあるし、それ用の予算があるものの、子どもたちが自分のお小遣いで買って回し読みしているマンガもあるし、本にしても読みたいものは学校の図書館でリクエストして長いこと順番を待ってる状態なので、喜んで…とお答え頂けました。 嬉しかったです。そこで、どういう作品をお贈りすればよいでしょうか、とお伺いしたところ、「もし、そんな寄付を頂けるのでしたら、せっかくですから子どもたちに希望を聞いて、それをお伝えしたいと思うのですが」とのお言葉。ええ、それはもちろんです、必要なものをあげたいしね!と思ったのもつかのま

「では子どもたちの意見をまとめてから、また連絡を差し上げたいので、そちらのお名前を」

 タ、タイガーマスク…。

 一瞬悩みましたよ?匿名にしようと思ってましたし。でも、「こちらからまた確認の電話を」っていうのも失礼な気がした。だって日常のお仕事を増やしてしまってるんだから。向うの事情に沿うのが当然だと思ったので、ちゃんと実名を名乗って、連絡先もお伝えしました。なので、わたしのこの行為は、この段階でタイガーマスク運動とは違う、単なる寄付行為になったわけですが、それはまあいいや(笑)。

 なによりも、自分も施設で働いてたから分かるけど、こういう時に、いらないものはすごくきっぱりいらないと断るものなので、自分の行為が迷惑な行為でなさそうなのに安心しました。すごく緊張したけど、ちゃんと問いあわせして良かったです。予算も聞かれたので、ちゃんと具体的に考えてくれたんだと思います。お仕事を増やしてしまったのにも関わらず、職員のかたには、本当に親切に対応していただけました。

 そして、こどもたちがどういうマンガをリクエストしてくるかを楽しみに待っていたところ、翌日には施設のかたから連絡を頂きました。早速、子どもたちと職員の皆さんで考えてくれたそうです。 ちなみに施設にいるのは、60人越えの子供たち。定員いっぱいなんだなあ…。そしてそんなにたくさんの子供たちがいるのなら、マンガのコミックスなんて、きっとすぐカバーも無くなっちゃってボロボロになるだろうから、消耗品です、きっと。だから、無駄にならないと思いました。

 こどもたちのリクエストの中には巻数が多い作品もありました(「ワンピース」とかね)。それをふまえて、一度に全部を送るのではなく、少しずつ、一カ月に一回、リクエストにあった作品を中心にマンガと児童書のプレゼントを贈ることに決めました。ワンピースは現在約60巻ですから、一回につき5巻ずつ贈れば、全巻そろうのに、ちょうど一年かかります。これを一年続けることが出来たら、なにか自分のなかでも見つかることがありそうな、そんな気持ちがしたのです。巻数が多くて大変なら、ブックオフとかで揃えればいいと思われるかもしれませんが、贈り物なので、全部新刊で購入したいと思いました。ささやかながら、地域の本屋さんにも、作家さんにも役に立つことになるから。なに、ライブで県外遠征に行ったと思えばお釣りがくるし…(笑え…ない…)。

 宅配便で届ける予定にしたのですが(手渡しだと、出迎えとかそういうことで施設のかたに時間を使わせるから)そこで職員の人に云われたのが「ぜひ、贈る時は名前と住所を添えてください」ということ。タイガーマスク現象のおかげで、匿名のかたの善意が届くのだけど、匿名だと、こどもたちのお礼の言葉の行き場所が無いそうです。なおかつ、わたしは同じ地域の人間なので、そういう存在のひとが、施設の子を気にかけてくれているということがなおさら有難い…と言って頂けました。

 あとは本屋さんに行って、本を購入し(すごく悩んであれこれ考えましたが、とても楽しかったです)、そこで綺麗にラッピングしてもらい(どう考えてもわたしがラッピングするよりプレゼントらしくなると思ったから…)、その場で発送の手続きを取りました。その後、無事に届いたとのことで、子供たちからのお礼の手紙も頂きました。すごく嬉しかったけれど、毎回、これだと大変だろうなあと思います。わたしとしては、お礼も忘れて読みふけってくれるくらいでいいんだけど、教育的な配慮もあるでしょうね。施設の先生には、毎月贈らせて頂きたいというこちらの意向をお伝えして、了解を頂いています。ただ、場所を取るものでもありますから、ご迷惑になればその段階で取りやめる気持ちでもいます。なによりもまず、施設のかたのご意向を第一にと思っています。

 …このことを今回ブログに書くのは、正直、ためらいがありました。なんていうか、自分の中で、偉そうにひけらかしているように思われたら嫌だなという思いがとてもあります。今でも迷ってます。自己満足、お調子者と思われるんじゃないかという怖さがあります。確かにお調子者なのですが。
 しかし、もし、わたしと同じように、実在の子どもになにか援助を行いたい、それもマンガや本を贈りたいと思う人がもしいたら、こんな風に出来るんですよ、ということを知ってもらいたいと思いました。わたし自身がすごく身構えてて、大変なことだと思って躊躇していたので。でも、きっと、想像してるよりもずっと簡単なことです。
 たとえば今だと「ひなまつりに合わせてこどもにマンガの本をプレゼントしたいのですが、ご迷惑ではないですか?」という感じで、自分が贈りたいなと思う施設を探して(地域名+児童養護施設でググれば、施設を見つける事は容易です)、問い合わせされたら、ちゃんとお返事は頂けると思います。本を贈ること自体は、本屋さんから直接宅急便で送れば、手間もかかりません。もし、同じようなことをしてみたいけれど、疑問に思う事があって…というかたがいらしたら、ぜひメールをください。わたしが分かることであれば、お答えしたいと思います。わたしも情報交換したいです。

 今回、こういうことを始めて、色々と自分なりに養護施設についても調べてみて、考えることも多くなりました。わたしがやっていることがベストだとも思わないし、もっと違う援助のほうが切実に求められている場所もあるかと思います。けれど、わたしはやっぱりこどもには笑っててほしいし、楽しいと思ってほしいし、どんな時でもそばにいてくれるマンガや本を、贈りたいと思いました。わたしは施設で過ごした経験はありませんが、わたしが子どもで、生きるのがつらかったとき、わたしを慰め、助けてくれた存在が、本やマンガ、アニメだったから。そのとき、わたしにマンガを与えてくれたのが誰であれ、わたしはそのひとに感謝したい。そして、わたしはどうにか大人になりましたから、今度はわたしの番です。結局、それだけのことなのかもしれませんが、でも、実際にやってみると、とても楽しいことです。こういうことをさせてもらえて、とても有難いと思いました。やろうと思いつつ、ためらっているかたがいらしたら、ぜひ、ご一緒に。

|| 18:13 | comments (x) | trackback (x) | ||
わたしにできること、あなたにできること。
by くさてる
 今ごろ、になりました。でも、自分の中でまとまったかたちにたどりつくのに時間が必要だったのです。

 ネット上では、大きな話題となっていましたので、すでにご存じの方も多いと思います。わたしのブログでも何度も取り上げていました、マンガ・アニメ・ゲームの規制を目的とした東京都の青少年健全育成条例案の改正案が、可決となりました。今回の改正案は、6月に否決されたものを手直ししたうえ(さらに内容的には問題が多くなったと指摘されています)、都による根回しなどの運動の結果、都議会の多数派である民主党の賛成を得て、可決という流れになりました。その流れに少しでも抗いたいと思い、わたし個人も出来ることをしてみたつもりですが、たいへん残念な結果となりました。

 ここで考えなくてはいけないのは、前回は否決されたものがなぜ今回は可決となったのか、ということだと私は思います。それに関しては、様々な要因があると思いますが、個人的には、BL作家の水戸泉さんのTwitterでの発言「6月は否決できたのに、ほぼ同じ内容の条例をなぜ12月は否決できなかったか。理由は簡単。『漫画好きの人々はネット上では意気軒昂だけど、現実社会には出てこない。票にならない』と思われた。だから切り捨てられた。これに悔しさを感じた人は、ちゃんと名を名乗り、政治家と直接向き合って下さい。」が、いちばん正しいのではないかと感じています。

あ と、本当に、時間が欲しかった…。ぎりぎりで、コミック10社会による東京アニメフェアボイコットや他の多くの団体からの抗議声明があり、その流れをふまえての菅首相のブログでの発言という追い風もありました。そこには、6月のとき以上の、ネットを出発点にしながらも現実の世界に働きかけようという盛り上がりがあったと思います。これが三週間でなく、三ヶ月であったならば。それが悔しくてなりません。

 けれど、とわたしは思います。今回、とくにTwitterでの規制反対の流れを見ていて思ったのですが、それでも、みな、自分のできることをやるしかない、と。それもできれば、現実社会に働きかける方向で。もちろん、ネットのなかには多くの有益な活動があり、そのなかで得た情報により、現実社会で行動することが出来たというひとは多いと思います。なにより、ネットもまた現実です。けれど、わたしは、ネットのなかだけで発言することでなにかを変えられる、ひとの心を動かせるような力の持ち主ではありません。自分の意見をブログやTwitterで表明することは出来ますが、それがこの条例に対して力を持つとはまったく思わない。むしろそれをすることにより、なにかを「やった」気分になって終わるかもしれない。ネットで文章をつづることで、自分の思考を整理することは大事ですが。しかしだからこそ、ネット上での活動を続けながら、より、現実社会にコミットするやりかたで、このわたしになにが出来るかということを考えていきたいと思っています。なによりも、関心を持ち続けること。

 わたしは、どうやったら、規制派に自分の言葉が届くかを考えます。もしくは、規制派は無理でも、規制とかそういうことを考えてもない、まあ、こどものためになるならいいんじゃないのくらいの考えの人に、それ、ヤバいんじゃない?くらいの認識を持ってもらうためにはどうしたらいいのかを考えます。個人的には、そのために、単純に規制派の考え方をあげつらったり批判したりしても、意味ないと思っているのです。だって、向こうは理屈じゃないんだから。理屈でやってることならば、仮にもジャーナリストと名乗っている猪瀬直樹氏の一連の発言とか、あり得ないじゃないですか。もうちょっと取り繕いますよ。論破する行為自体に意味がないというのではなく、論破しても相手にダメージは与えられないんじゃないかな、と思うのです。その場合、それに意味があるのは、中間層の迷ってるひとに「なるほど」と思ってもらえるようなかたちにすることじゃないかなと思うのです。分かりやすく、出来れば、ユーモアも絡めて。

 猪瀬副都知事をはじめとする、一連の規制賛成派の発言で、いたいほど感じたのが、マンガやアニメというものが、いかに少数派のものであり、「なくってもなくってもいいもの」くらいに思われているかということ。ぶっちゃけ、オレら、ナメられてるんすよ。票にならない、発言力もない、なにより、目の前にいる人間として認められるほどの存在と思われていない。だからこそ、わたしは、議員さんに手紙を書くときは、自分がどういう人間か、それを読む人にイメージしてもらえるように努力しました。人間である、と。あなた方と変わりない存在の人間が、アニメやマンガを楽しんで、それを守りたいと心から望んでいるのです、と伝えたいと思いました。そして、わたしのような無名の人間に持てる武器は、それしかないと思うのです。ネットの海にいると思われる幽霊のような存在でなく、生きた人間であるということ。そしてそういう存在が、この条例案に不安を覚えているのです、と。

 しかしわたしは、今回の条例案に懸念を示す人々が、この日本にたくさんいること、それぞれの人々がそれぞれの立場で、なんとか取り組めることはないかと努力しているのを感じました。有益な情報を探し出し、人々の目に触れることができるかたちにするひと、議員さんに手紙を書いたり、陳情書を書くひと、行動のためのHOWTOを編み出すひと、扇情的な言葉に惑わされないよう、懸命にデマの火消しにまわるひと、そういう「自分にも何かできないか」というたくさんの人々の具体的な行動を知ることが出来て、良かったと思います。ネットでの活動が無力なわけではありません。現実世界での行動をサポートしてくれる有益なツールです。なにより大きいのは、一種の連帯感だったと思います。が、それが厭なひともいるかと思うし、なにより、行動しない人が後ろめたさを感じるような傾向はわたしも厭です。それぞれがそれぞれの考えで、あえての沈黙を守っているひとだっているはず。その考えも尊重したいです。みんなが同じ考えをしなければいけない、という決めつけこそ、マンガやアニメを愛する人間を傷つけてきた考えと同じ根から伸びる、毒の果実ではないでしょうか。

 あと、個人的に大事だと思っているのは、規制賛成派のなかに、かならず存在するであろう、実際に性被害を受けた経験を持つ人々の存在を思いやることです。ご自身の辛い体験から、その手のものをすべて排除したい、それを楽しむ人間がいるなんて信じられない、というある意味当たり前の希望や考えを、頭から否定するようなことはしたくない。とてもデリケートな話だと思うし、すべてが個人的な問題になると思うので、うかつなことはいえませんが、ただ、そのファンタジーは、あなたをも救う可能性があるのですよ、と言い切る勇気は、いまのところまだわたしにはありません。実際の条例案がどうという問題点とは話がずれているかもしれませんが、リアルの性被害を嫌悪する気持ちは同じなのです。なにかそこで共有できる気持ちがあれば、と思います。

 都条例にまつわる一連の出来事や発言で、様々なことを学んだし、考えることが出来たと思います。これから動きがあるとすれば、コミック10社会などをはじめとする出版社やアニメ制作会社の対応、来年3月の東京都知事選挙および東京都議会議員補欠選挙などがきっかけになると思いますが、わたしはわたしなりに、自分の出来ることをやっていきます。なにもかも、これからだよ。

|| 21:57 | comments (x) | trackback (x) | ||
東京都青少年健全育成条例の改正案が提出されます
by くさてる
 またこのエントリーを書く日が来るのが、本当に嫌でした。が、事実として、それがいま行われようとしているわけです。以前より、このブログでも何度か取り上げてきた、東京都による青少年健全育成条例の改正案についてですが、このたび、再び、都議会の方に改正案」が提出されました。今回の改正案についての問題点は、山口貴士先生のブログ(URL)、およびてんたまさんのページ(URL)がたいへん分かりやすく、かつ現状を認識できるものとなっておりますので、ぜひそちらをご覧ください。

 さて、この問題に関して、自分は何が出来るのかをわたしは考えました。前回の時は、それでも数カ月の余裕があった。今回は、いくら予想されていた再提出とはいえ、いきなりの感が否めません。正直、スルーしようかと思いました。いや、ちょっと忙しくて…とか、迷ってるうちに議会が終わってました、とか云えばいいかなという思いが頭をかすめました。だってね、これは正直、わたしのようなタイプの人間にはすごく辛い問題なのです。ネットの世界にいると錯覚しやすいことですが、実はオタクは世の中で言えば少数派。ましてや、マンガをはじめとする創作の価値を大事にしなければという思いを行動に移すひとは、もっと少ないはず。その心細さと行動したにも関わらず負けてしまうことへの哀しさとやるさなさを想像すれば、くじけるほうが楽に思えました。だって、そっちのほうが多数派だから。あーバカなこと考えるひとたちもいるね、でもなにかしろといわれてもね…とためらっているうちに時間は流れることでしょう。わたしよりかしこい、わたしより偉い人々がどうにかしてくれることと片付けることも可能だったでしょう。しかし、わたしは、ここで何らかの行動をとる方を選びました。といってもあまりにも時間がありません。わたしに出来たのは、悩みつつも、何人かの議員のかたに手紙を書くことにすぎませんでした。あまりにもささやかなことと流されるかもしれません。が、それをしながら思ったのです。この言葉が届くひとがもしいるならば。

 本当に、行動できる可能性を持ちながら、それでも迷ってるひとがいるとするなら、やっぱり、やったほうがいいですよ、と思いました。確かに時間が無いけど、意味が無いことと片付けられるかもしれないけれど、なにより、自分の為にやればいいんじゃないんでしょうか。わたしは自分に言ったのです。腹が立つよね、と。自分の愛するものが差別され厭われ削除されてしまうかもしれないこと。自分を救ったものが、他人をも救うかもしれない、その可能性が摘み取られること。それを回避することに、何万分の一でも自分の力が役に立つのなら、それを使わなかったことを、あとで絶対に後悔すると思ったから。
 
 ただ誤解は避けたいのですが、わたしは、この一連の騒動に対して、何らかの思いを抱きつつも、結果として傍観を余儀なくされているひとを非難するつもりはまったくありません。だって、気持ちは分かるもの。なにより、一つの物事にどう対処するかの判断は、その個人の自由な考えと行動に基づくべきで、それによってなされたことを、他人が「こうでなくてはいけない」と指図するなんて、有り得ないと思います。これはあくまで、わたしという個人がどう考えたかという記録を記しているものにすぎないので、念の為。

 わたしは、創作の持つ力が、ひとりでも多くの人の心を救い、人と人の絆を広げることが出来る環境を望みます。多様な価値観が多様な可能性を生み、生きていくことが出来る世界が続いていくことを望みます。わたしは、かつて物語に救われたこどもでした。そのこどもの感じていた痛みは、いまもまだわたしの中に存在し、そのこどもが与えられた救いもまた、わたしのなかにあるのです。どうぞ、ひとりでも多くのこどもが、そのこどもが必要とする物語と出会えますように。もし、こんなわたしにも大人としての力が有るとするならば、わたしはその力を、このシンプルな願いがかなえられることに、注ぎたいと思います。

|| 22:58 | comments (x) | trackback (x) | ||

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