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「なんでもない一日」シャーリイ・ジャクスン(創元推理文庫)
by くさてる

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 わたしはこの日を待っていました。

 いつからこの日を待っていたかというと、復刊(再刊)をのぞき、最後にシャーリー・ジヤクスンの作品が翻訳されてから、ということになります。つまりそれは、学研ホラーノベルズ版の「ずっとお城で暮らしてる」が出版された94年から。それからずっと、わたしはシャーリー・ジャクスンの本が読みたくて仕方がありませんでした。

 初めて読んだ彼女の作品は、かの有名作「くじ」です。夏の日、広場に集まった村人たちが、ひとりずつくじを引いていく。当たりくじを引いたものはその場で……というショッキングな内容の短篇は、やたらと「異色」「恐ろしい」と評価されていたのだけど、まだ10代だったわたしにはピンときませんでした。(なんせ作品中でその「くじ」の正体はまったく明らかにされない、つまり「種明かしがない」!こどもには分からない面白さだったのですよ)。それでも作者の名前を忘れることはなく、なんとなく、当時出版されていた異色作家短篇集「くじ」を入手したのでした。すると、そこにいたのは。


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 パーティから抜けだした男の前で、世界の終わりを淡々と語る少女、結婚するはずの男が突然消えてしまったオールドミス、列車に乗り合わせた4歳の男の子に自分の妹をバラバラにした話を語る赤ら顔の中年男、痛む歯を何とかしようとしただけなのに夢と幻想の隙間に迷い込んでしまう女性……。

 なんだかよく分からない内容のものも多かったです。いまでも意味が分からない話もあるし、そもそも意味や謎解きなど最初からないのかもしれません。ただ、そこにあるのは、ごく普通のひとびとが、一瞬の偶然から何か違うものを招いてしまった違和感、足をちょっと滑らせただけで、どこまでも届かない暗い穴に落ち続けてしまっているような怖さでした。どうやったらこんなことになるんだろう。どうしたらこんなお話が出てくるんだろう。今回、この文章を書く為に久々に本棚から取りだしましたが、また最初から読み始めてしまいました。ぞわぞわする。

 そして、これは他の作品も読まねば、と、当時すでに絶版だった短編集「こちらへいらっしゃい」<amazon>をネットの古本屋で入手し、同じように収められたひとつひとつの奇妙な話、あり得るのにあり得ない話、どうしてそこにたどりつくのか分からないのにそうなるしかないことだけは納得できる話を夢中で読んだのでした。家出した後、自分のことを探し続ける家族の元に戻った娘を迎えた言葉は…という「ルイザよ、帰ってきておくれ」や、バスに乗り込んだ老婦人が巻き込まれる悪夢を描いた「夜のバス」など、未だに忘れられない作品がたくさん収録されています。これも復刊しないかなあ…。

 また当時、スティーヴン・キングにもハマっていたわたしは、かれのホラー論「死の舞踏」<amazon>(おすすめ!)も読んだのですが、そこで紹介されていたのが、長編「山荘崎談」(現在は「丘の屋敷」。何度か映画化された関係で「たたり」という題名のバージョンもあります)。この恐るべき幽霊屋敷の物語に関しては、このブログでも語っていますのでよろしければそちらをどうぞ→URL。名作です。

 また、長編といえば、「ずっとお城で暮らしてる」も、忘れるわけにはいきません。孤独な姉妹二人の閉じた世界という設定自体は、よくあるホラーといってしまってもいいかもしれないのに、ラスト近くからぐいっとねじれて思わぬところに物語が進んでいくところが、シャーリー・ジャクスンらしい、と思いました。本当、どうしてそんなことになるのかわからない。けれど、そこにたどりつくことは最初から決まっていたとしか思えない。居心地の良い場所に落ちついたわけはないのに、こんなハッピーエンドは他にないような気がする。こんな話が書けるのは彼女だけ!とわたしはシャーリー・ジャクスンにすっかり惚れ込んでしまったわけです。


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 あとは、育児エッセイの「野蛮人との生活」<amazon>でしたが、これも絶版だったため、図書館で読みました。育児エッセイには間違いないのだけど、なんかちょっと、こう。心温まるとは言い難い、なにかが、その。怖い。

 しかし、それ以外のシャーリー・ジャクスン作品が、その後、日本で翻訳出版されることはありませんでした。学研ホラーノベルズ版の「ずっとお城で暮らしてる」は新刊で購入した覚えがあるので、今回の新刊「なんでもない一日」は、なんと21年ぶり!マジか!(いま計算したことを後悔した)(あとそれをわざわざ書いたこともちょっと後悔した)。まさか21年待つとは思わず、わたしは「ずっとお城で暮らしてる」出版以後も、シャリー・ジャクスンのことをネットで調べては、まだ未訳の長編や短篇がある…と翻訳を待ち続けていたわけです。原書を入手して読もうと思ったこともあったよ!でも無理ですよね…。この微妙なニュアンスとほんのちょっとのずれで意味が変わってしまうに違いない展開を読みとれる英語力は私にはない。それはすぐに気が付きました。

 なので今回、この「なんでもない一日」の翻訳出版を知った時には、まさに歓喜跳躍したものでした。あ、でも、待っている21年のあいだ、東京創元社さんは「丘の屋敷」「ずっとお城で暮らしてる」も再刊してくれました。ありがとう東京創元社さん!

 で、長々と書いて、ここから感想です。この新作「なんでもない一日」には23の短篇と5つのエッセイが収録されています。23の短篇の内容は、シャーリー・ジャクスンらしい、普通の人々の生活に一瞬おとずれる暗い影を不気味に描いたタイプのものもあれば、古式ゆかしいと表現したくなる幽霊譚や、なんとも分からない幻想的な作品まで、本当に様々な味が楽しめます。共通するものといえば、それでもどれもがかすかに舌に残るような奇妙な味であること、かもしれません。

 「くじ」のイメージから、シャーリー・ジャクスンといえば「後味が悪い」「厭な物語」的なイメージを持たれる方もいるかと思うのですが、なんか、そういうのとは違うのですよ。分かりやすい不幸とか、悲劇とか、そのどうしようもなさで読み手を打ちのめすのではない。むしろ、さらっと、あっさりと。こちらが油断しているうちに、世界の色がさっと変わるような体験に近い気がします。そしてそのことを誰も気づいておらず、自分の内心だけがどんどん不安になって背中に汗をかいていくような感じ。ねえ、ここは本当にわたしの知っている場所だよね?わたしはわたしだよね?そんな風に自分の胸に問いかけずにはいられなくなるような、足元を一瞬震わせるめまいのような作品だとわたしは思っています。

 たとえば、この短編集のなかでは「スミス夫人の蜜月」という話があります。ずっと父と二人で暮らしてきた中年の孤独な女性が、父を亡くした後、思わぬ男性と出会って新婚生活に入るものの、周りの人々が彼女におかしな干渉をしかけてきます。彼らは彼女の夫がこれで6度目の結婚であり、かれの花嫁はみな不審な死にかたをしたことを彼女に警告するのですが…という展開。設定だけならよくあるミステリに思えます。ところが面白いことに、この本にはその同じ話の二つのバージョンが収録されているのです。スミス夫人が夫の過去を全く知らずにかれを信じきっているバージョンと、スミス夫人が自分でも夫のことを疑っているバージョンと。どちらも、シャーリー・ジャクスンらしい展開になっていると思いますが、わたしの好みは後者でした。まさに、どうしてそうなるのかと悲鳴を上げたくなるけれど、それ以外の方法はないと分かっている、そんな話に思えて。

 また、「なんでもない日にピーナッツを持って」もシャーリー・ジャクスンらしい作品です。素晴らしい陽気のある一日に、ピーナッツとキャンディを持って町を歩く紳士。かれは退屈したこどもの相手をしたり、遅刻で焦る若い女性と男性の縁結びをしたり、すれ違う人々にさまざまな善行を施していく。満足した一日を終えて、帰宅したかれを迎えた妻との会話は…というこの作品。これこそ、わたしにとってはシャーリー・ジャクスン!と読後しばらく本に顔をうずめたい気持ちになりました。ひどい。いやひどくないんだけど、ひどい。どうしてこんなことを思いつくんだろう。どうしてこんなおかしなことを成り立たせるんだろう。この物語はなにもそれを説明せず、ただ、そういう夫婦が存在するというだけのお話で終わらせてしまう。このわたしに残ったもどかしいとも、もやもやとも違う、なんとも説明できないおかしな気持ちは何。この一篇だけでも読む価値はありました。

 さらに、そんなモヤモヤとはまた違い、心地良い後味と言ってもいいのだけど、でも、それだけに終わらない深さを感じたのが「レディとの旅」。列車に乗って一人旅をすることになった9歳の男の子の前に現れたひとりの女性。彼女と男の子のあいだにひと時だけ生まれた共犯の関係とその終わりを描いたこの短篇は、奇妙な味だけに留まらないシャーリー・ジャクスンの、人間性のようなものも感じます。解説によると彼女はロマンス作品も書いているそうなので、それも納得の、優しさ。でも甘ったるくない。好きな話です。

 というかこの調子で紹介していくと、全作品について語りかねないので、ここら辺にしておきますが、わたしのこのネタバレしたくない気持全開のためまったく分かりにくい文章を読んで、少しでもシャーリー・ジャクスンに興味を持っていただいた方がいらしたら嬉しく思います。と、いいますか、彼女の作品は、ネタバレしたところで、それだけだと「ふーん」で終わると思うのです。「村人総出で引いたくじに当たったひとは×××ちゃうんだよ」とネタバレたところで、それだけだと「なんで?」「だから?」ですよね。でも、作品として一つ一つの短篇を味わうと、ネタや落ちというものを越えた、なんだか恐ろしい物を感じるのです。な、何を言っているのか分からねーと思うが、わたしも何をされたか分からなかったというあの感じ。是非ご賞味ください。

 そして残る未訳の作品も翻訳が続いたら嬉しいなあ…どうぞ次は21年待つことがありませんように!

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