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「丘の屋敷」シャーリー・ジャクスン(創元推理文庫)
by くさてる

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 つい先日、今年の5月末に創元から出版される「街角の書店 18の奇妙な物語」というアンソロジーにシャーリー・ジャクスンの「お告げ」なる単行本未収録の短篇が収録されると知り、大喜びしました(→記事)。そして今度は、Twitterでの大森望氏の発言で、シャーリー・ジャクソンの「ただの平凡な日(仮)」なる日本オリジナル短編集(1996年に出版された「Just an Ordinary Day」の翻訳とは違うのかな?)が、今年の秋に出版されるという嬉しい知らせが。なにが収録されているか予想がつかず、期待が持てます。

 実はわたしはシャーリー・ジャクスンの大ファン(インターネット黎明期にはファンサイトを作ろうと試みたこともあるのですが、英語が読めないのであっさり挫折しました)。なので、そういうここ最近のこの動きは嬉しい限り。久しぶりに再読してみようかと取り出したのが、この一冊です。

 幽霊屋敷として知られる「丘の屋敷」を調査することにした心霊学研究者のモンタギュー博士。かれによって、集められたのは三人の男女。ひとりは、「丘の屋敷」の所有者の甥でありこの実験を見守る役目を持った若者、ルーク。もうひとりは、美しく頭が良く、カードの透視能力に長けた女性、セオドラ。そして最後に、少女だった頃に、自分の家に石の雨が降った体験をもつ女性、エレーナ。かれらはその屋敷に泊まり込み、何が起こるかをその身で体験しようとする…というのがストーリー。

 数年ぶりの再読だったのですが、やっぱり怖かった。いわゆる幽霊屋敷もの、ではあるのですが、そもそも幽霊屋敷とはなにが怖いのでしょう。遥か昔の血まみれの歴史をもつ古い建物?行き止まりの廊下に立つ双子の少女の幽霊?血が溢れるバスタブ?誰もいないのに軋む床や階段?

 この物語にも、それらに近いものは一瞬浮かびます(チョークで書かれた「エレーナ、うちにかえりたい」が発見された場面のぞわっとするような恐ろしさ!)。けれども、そういう描写は控えめです。いわゆる怪奇現象の連続みたいなものを予想して読むと肩すかしをくらわされたような心持ちになるかもしれない。でも、幽霊屋敷が怖いのは、そういう現象があるから、というだけなのでしょうか。

 幽霊屋敷というのは、まずなによりも、場所です。なにかがある場所。何かが起こり得る場所。ここに登場する「丘の屋敷」もそういう場所です。そもそも歪んでいる建物の成り立ちや構造と、それによって狂わされる人間の感覚、そしてそこに引き寄せられる人間の心が、ゆっくりとその人間自身を破滅に導いていく場所。そして、その導きの糸を張りめぐらしているのがほかでもない「丘の屋敷」という存在であることが、この物語が進んでいくにつれ、明らかになっていきます。これこそ完璧な、幽霊屋敷なのかもしれません。人間の幽霊が廊下に立つ必要すらない、屋敷そのものが了解不能な未知な存在としてそこにある、という意味で。

 そしてその存在の恐ろしさは、まさに、絶対に相容れない、ということから湧いて出てくる自然な感情です。どんなにもっともらしい因縁が明らかにされていても、いま目の前にある存在とは了解がとれない。まったく意思疎通が出来ないまま、純粋な邪悪としか表現できないような存在と顔を突き合わせることの恐ろしさが、この物語にはあります。不可能なのです。誰もこの「丘の屋敷」を理解することは出来ない。浄化することは出来ない。ここにゴーストハンターの出る幕は無い。

 そんな恐ろしくも空虚で邪悪な場所ではありますが、とうぜん、幽霊屋敷はそれのみでは存在しえません。この小説の魅力は、主人公というべき、エレーナにあります。彼女は病気の母親の看病に追われ、30歳にもなるのに働いたことも無く、姉夫婦の子供部屋に間借りして暮らすしかない孤独な女性です。現実と向きあい己の運命を切り開いていくことは出来ないほど弱いけれども、現実を否定できるほど馬鹿でもない。おそらく、本来は平凡で健全な感性も持ちあわせていたけれども、長年の孤独な生活で、その健全さはすり減り、ただ臆病に生きるしかなかった女性。そんな彼女の精神は、普通に車を運転しているだけでも、いとも簡単に道を踏み外し、空想の世界に遊んでいく脆さと危うさがあります。それもおそらくは彼女が持って生まれて、環境によって強化された彼女らしさ。けれど、その彼女の性質が、「丘の屋敷」と感応したことでもたらされたことによって起きる変容が、彼女を抜け道の無い運命へと追いやっていくのです。

 分かりやすく解釈してしまえば、エレーナは狂気に陥っていったのかもしれません。ただでさえ孤独で夢見がちだった女性が、その心細さを絶妙に刺激されることで、自分を守ろうとして狂気の世界へ滑りこんでいったのだと。そう解釈して読んでも、この物語の魅力と凄みはちっとも色褪せません。むしろ、読んでいて、エレーナが少しずつ歪んでいく描写、わずかに、わずかに足を踏み外していく様子に惹きこまれていくことでしょう。

 しかし、そうやって合理的に解釈して約束された展開にも安心しようとしたところ、まさにその悲劇のクライマックスで、エレーナはすべてを裏切る叫びをあげます。すなわち

なぜ、わたしはこんなことをしているの?なぜ、わたしはこんなことをしているの?なぜ、誰も止めてくれないの?

 この悲痛すぎる繰り返しの言葉こそ、エレーナが単に精神のバランスを崩した哀れな女性ではなく、まさに「丘の屋敷」という存在に、己の意思とは無関係に飲み込まれたヒロインであることが分かるのです。ここに、「丘の屋敷」そのものの完全勝利の笑い声が響いていないのが不思議なほどに。恐ろしい話です。そして、間違いなく、傑作です。

 そういえば、この作品を再読しているときに、山岸凉子の傑作「汐の声」を連想しました。あれもまた、あるかなきかあやふやな程度の霊的な才能を持った孤独な女性が、その心性を幽霊屋敷の主につけこまれるようにして、恐ろしい運命に引きずり込まれていく話でした。こちらもおすすめです。


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