「政党擬人化 政党たん」(原作)水戸泉・(作画)にいにゃん(リブロ)



 
 原作者の水戸泉先生のサイト(URL)で存在を知ってから、マンガ単行本化を待つこと久しの作品でありました。擬人化といえばいまの流行りでありますが、これは政党の擬人化マンガなのです。はい、自民党とか民主党とかの政党です。ある意味、電車だの国だのよりもいろんな意味で微妙かもしれないこのジャンルに果敢に挑戦した結果が大成功という素晴らしい内容となりました。大体の詳細とキャラクター紹介は、こちらの公式サイト(URL)にどうぞ。
 実はわたし、政治家系がかなり好きです。どういう意味での系かという説明はその、疑問を持たれた方の耳元だけでこそっと囁きたいわけですが、まあ分かりやすく言えば、小泉純一郎氏が日本の総理でいらした時分は、わたくしそれはもう忙しくて。それも主にサミットとか日米首脳会談とかのときは、式典の感想も後回しになりそうなくらいに大忙しで。しかし、これはいわゆる中の人に向いた内容ではありません。まさに政党そのものの擬人化なので、政党のイメージで十分楽しめる内容となっています。BL作家の水戸泉先生が原作ではありますが、まったくその手の内容はありませんので(先生ご本人がつぶやかれていたように、共産党たんが魔性なのは…その…まったくの事実なので…)、健全ギャグ漫画として、男性のかたにも楽しめる内容となっております。政治に関する知識についても、ニュースを見ているレベルでほぼ大丈夫。かなり親切な解説も添えられています。むしろ、そこらへんがマジのマニアさんには物足りないところかもしれませんが、まあ、それはそれ。
 また、ちょっとわたしが思いましたことなど。本来は政治に関心が無い御方でも、ちょっとばかしオタクならば、昨今の表現規制の問題について、各政党の立場や意向に関心をもったひともいるのではないかと思います。そういうかたには、この本に収録されている、水戸泉先生による国民新党の亀井静香代表のインタビューをぜひ読んで頂きたい。わたし、亀井代表に関して詳しいわけではないのですが、この文面からして、本当にご本人がざっくばらんに思うことを語られている内容がそのまま掲載されていると感じます。それで、あの、素直に感動しましたよ。帯の文句じゃないけど、萌えましたよ、亀井代表の心意気に。オタクじゃなくても、こういうことを云ってくれるひとがいるんだと、じんとしました。夢。そう、夢が必要なのです、人間は。
 表現規制に関して、マイノリティであるオタクに何が出来るかという問題についてわたしも考えたことがありますが、先の非実在青少年問題で、BL作家のひとりとして積極的に活動された水戸泉先生が、今回、こういう本を出したことも、その答えの一つなのかなとなんとなく感じました。そう、オタクの武器は、いつでも笑いと韜晦とファンタジー。正面からでなく、斜め上というかむしろ地下から。
 しかしなにより、そんな七面倒臭いことを考えなくとも、普通に楽しめる内容なので、少しでも興味があるかたには手にとって欲しいものです。もっと読みたいので、ぜひ売れてほしい。そしてブームになって政党たんオンリーイベントとか開催すればいい(本気)。そのときにはわたしは公安たん×共産党たんで(以下略)。その昔、政治家系で活動されていた同人作家さんが、一般の週刊誌で面白おかしく取り上げられ「漫画の世界でも政治家は大人気のようだ(笑)」的に書かれたのに対し「だったらコミケでブロック作れ」と書いていたのを思い出しましたが、いや、これがきっかけでもっと政治・政党系のジャンルが膨らめばいいなと本気で思います。なんだっていいじゃない、どんなものでも、萌えのひとことで飲み込んでいけるのがオタクの自由さのはず。そして、そのある意味怖いもの知らずな、萌だけをエネルギーに進んでいく勇気こそが、少数派に夢を与えるのです。本当に楽しい一冊でした。おすすめ。

「海の上の少女―シュペルヴィエル短篇選 」ジュール・シュペルヴィエル(みすず書房)



 とても詩的でとりとめもなく、夢のようで幻想的な20の短篇が収められています。
 ここにいるのは、水死した娘や海の上の村に住む少女。人間的な神々たち。けれど不可解さはなく、かわりに根底に流れるのは、ため息が出るような静かな切なさのようです。美しい短編集です。

「聖母の贈り物」ウィリアム・トレヴァー



 読みやすくは無いけれど読み続けずにいられない短編集。とりわけ、古き良きイギリスの生活の思い出話と思わせておいて、ゆっくりと怖ろしい作品へと変貌する「マティルダのイングランド」がすごい。これ日本版で誰か書いて

「ミュージアムショップ トリッパー!」森井ユカ(青山出版社)



 博物館や美術館にあるミュージアムショップのご紹介。外国雑貨は、ある意味鬼門で(きりがないから)避けてきた分野だが、こういう特定分野を並べてみせるカタログ方式の本に出会ってしまうと、本当に困ってしまうくらいに楽しい。情報が豊富で図版も綺麗なので、眺めているだけでもあれこれ考えてしまいます。グッズ目当てに博物館も美術館も行きたくなるような一冊です。

「嘘つき王国の豚姫」岩井志麻子(河出書房新社)



 まるでとりつかれているかのように、嘘・幻想・現実逃避で塗り固められた人生を生きている一人の女性を、著者がずっと書きつづけていた時期の作品。
 この頃の志麻子ちゃんは、この女性に引っ張られ過ぎていて、色んな意味で何処にたどりつくか分からなくなってきていたような気がする。けれど、そんなこととは関わりなく、この小説に存在する悪意と狂気はただすさまじい。これを作品に出来るから、作家なんだと思いました。ただ、やっぱり思うんだけど、もっと繊細かつ凝縮された作品も書けるひとだと思うので、そういうのが読みたいのも事実です。これは人間の汚く甘えた醜い部分をぶちまけられたような作品なので、苦手な人はまったくダメだと思う。私は苦手だけど、読み続けずにいられなかったくちです。

「星を数えて」デイヴィッド・アーモンド(河出書房新社)



 「今ならわかるの」バーバラがいった。「でも、あのときは、これからずっとひとりぼっちだと思ってた。あたしはとても小さくて、みんなはとても大きかったでしょ。それにみんなはこんなにたくさんでしょ。あたしがいっちゃったって、まだたくさん。みんなでいっしょにいたら、あたしのちっぽけな思い出なんて消えちゃうだろうって」(p225「キッチン」より引用)
 これも桜庭一樹の読書日記で紹介されていた本です。イングランドの古びた炭坑町で生まれ育った著者による少年の頃の思い出が、虚構が織り交ぜられた不可思議な19篇の短編となって、収録されています。最初は、田舎町で育った少年の家族との暖かな思い出や、友情を描いたハートウォーミング系の作品かなと思っていたのですが、読み進めるうちに、そうでもなくなっていきました。最初は曖昧なイメージとして存在しているような、すでにいなくなった妹や、不思議な人々、断片的な記憶などのモチーフが、繰り返し語られるうちに、その曖昧さを失わないままで、少しずつかたちになっていき、最終的に柔らかく大きな世界が形成されていく、そんな短編集でもあります。一篇一篇は独立した短編なので、それだけを取り出して読んでも良いのだけど、やはり一冊を読み通すことをお勧めします。
 
 田舎町で針仕事で生計を立てていたミス・ゴライトリーの家に出入りしていた僕が、「魔女」と呼ばれる彼女の秘密に触れ、後年それと再会して行った行為を描く「ベイビー」、父と息子のあいだのひそかな了解に絆を感じ、見世物小屋の描写にのどかさだけでは云いきれないどこか不穏なものがある「タイムマシーン」、過去の母親を知る人々の声により、自分もまた母と出会うことが出来るという「母の写真」、哀れな少女に宗教がもたらしたものの意味を考えてしまいながら読み進めると、最後の一文でぎょっとしてしまう「ルーサ・ファイン」、同じく、宗教がある少年の運命を歪めたことを思い、しめの一言に苦い皮肉がきいている「ジャック・ロー」、少年からさらに大きく成長していく狭間の時期に訪れた、夢のような真実、せつない存在との出会いを描いた「ここに翼が生えていた」などが、とくに心に残りました。
 しかしながら、わたしがいちばんやられたのは、昼下がりの光の中、家族がそろってお茶をのみながら、それぞれの記憶を追想していく「キッチン」です。これまでの短編で語られてきた家族の歴史が、再びゆっくりとささやかれていくうちに、記憶というぼんやりとした膜のなかで生まれる奇跡のような夢が生まれます。置いていくひとと置いていかれるひと。ありえない幸福とありふれた不幸。幻想的、のひとことで片付けるにはあまりに勿体ない曖昧さをまとった作品で、読む人によって解釈が分れそうです。ただ、わたしは思います。本当でないこと、夢であること、記憶のなかにしか存在しないことを大事に抱え続ける類のひとの心には、みんなこの台所があるのではないか、と。そんなものがあるのは死にかかった老人や心が弱った人々だけ、といわれるかもしれないけれど、天国、と囁けるような、そんな空間を、現実がどうであるかとはまったく関係なく心の奥底に忍ばせていなくては、生きていけない人々というのは、年齢性別に関係なく、存在するのではないかと思うのです。そしてそれはあらかじめ失われたものです。
 不思議な後味のする短編集です。真っ向からファンタジーを求めると拍子抜けするかもしれません。家族小説としての暖かさも、もちろんあるのですが、それだけに絞られるとなんか違う気もします。つまりは、時が流れていくということの意味を静かに味わえるような作品集と言えるかもしれません。じっくりと楽しむことをお勧めします。

「夫の死に救われる妻たち」ジェニファー・エリソン、クリス・マゴニーグル(飛鳥新社)



 題名がすごいインパクトですが、内容はいたって真面目で穏やかです。
 要するに家族との死別に際して感じることはけっして悲嘆だけでなく、ときには解放感である場合も存在するということ。一般的な常識だけでひとの感情や想いを決めつけてはならないという当たり前の事でした。喪失について考える時に読むといいかもしれません。