「戦下のレシピ?太平洋戦争下の食を知る」斉藤美奈子(岩波アクティブ新書)



 なんか固そうなタイトルです。著者が斉藤美奈子じゃなきゃ手に取らなかったな。その内容は、題の通りに、太平洋戦争中の日本国民の食糧事情について、当時発行されていた女性雑誌や各種資料に基づいてまとめたものです。「モダンガール論」は明治・大正・昭和にいたる時代における職業女性論だったけど、こっちは食べ物という文化が、戦争という非常事態においてどのように破壊されていくかを論じています。
 まだまだ余裕があった昭和初期(昭和4年の女性雑誌には「ポルク・エマンセイ・ウィズ・アップル」なんて豚肉と林檎を使った煮込み料理のレシピが掲載されているのだ)から、物資がどんどん統制され、なくなっていき、最終的には「どんぐり麺の煮込み」(もちろんあのどんぐりを粉にするのだ)なんてものまで登場することになった昭和20年まで、具体的なレシピをあげつつ、市民の生活に直接に影響を与える食糧事情の変遷について語っていく語り口は読みやすく、いたづらに悲劇的でもありません。むしろ、「どっこい生きてる」国民の生活を感じさせるものですが、それでも、その状況がどれだけ国民を疲弊させるものであったか、無茶なものであったかは、そのレシピを読むだけでも伝わってきます。
 たとえば、主食を補う非常食として挙げられているのが「高野豆腐(昭和19年)」なのです。「高野豆腐は生でも食べられる。これこそ日本古来の立派な乾パン、ビスケットです」って、無理があるから。違うから。あと「卵を使わないマヨネーズ(昭和20年)」もすごいよ。「小麦粉(生大豆粉や食用粉でもよい)でとろっとした糊を作って冷まし、塩を入れ、酢一に油十の割合に加えてよくかき混ぜる」って。「卵も油も使わぬ法は、馬鈴薯か甘藷を煮て突き潰し、塩、胡椒をふりかけ、酢でどろっと伸ばす」ちがうー。それはマヨネーズじゃないー。
 で、よくある話としては、こういう食糧事情の厳しさを思い出し、飽食の現代を反省する…とかいう流れがあるわけですが、この本ではそういうことは云いません。むしろ、こんな生活は間違ってるじゃないか、と云ってくれます。その通り。確かに、まだ食べられるものを捨てたりする「輸入してまで食べ残すニッポン」は良くないとわたしも思う。けれども、あんなものを食べなくてはいけなかった(そして状況によってはそれすら食べられなかった)時代もまた間違っていませんか。添加物とか余計なものが入ってなかったかもしれないけど、そもそもなにをどう食べるかの選択の余地すらない状況は、おかしいと思う。そういうのが選べるいまの日本が、わたしは好きだ。
 さらにこの本では、そもそも、なぜ戦争が起きると食料が足りなくなるのかとか、そういう状況で浮かび上がる戦争の本質とかいう部分にまで触れています。そこらへんもぜひ。また、難しいことを考えずとも、戦時下のレシピというユニークさだけでも読み進めることができる本でもあります。もっとも、レシピ、といいつつ、実際に作る気にはなかなかなれない料理が多いのですけど…。

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