「タレントその世界」永六輔(文春文庫)


 
 永六輔がどういうひとかといいますと、詳細はこちらを見ていただくとしても、分かりやすいのは、作詞家として「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「黒い花びら」などを書いたこと、さらにべストセラーとなった「大往生」の著者であること、などでしょうか。ラジオ番組のパーソナリティも長く務められているらしいのですが、わたしはその文化圏の人間でないのでよく分かりません。
 これは放送作家、司会者などの経験を通じて、長く芸能界を俯瞰してきた著者が集めた芸人の一言や小さなエピソードを集めて構成されたもの。著者には他にもこういうかたちでの著書が多いのですが、人間の優れた一言というのは、それだけですべてを現す力を持っていたり、目を開かされたりと、大変に面白いものがあります。それが、ある意味、特殊な視点や感性から人生を生きている芸人からの言葉であるなら、なおさら。これも発行されたのは1977年という古い本で(わたしは古本屋で購入)、正直云って、挙げられているひとのなかには、わたしが知らないひとも何人もいるのですが、本人を知らずとも、並べられている言葉の面白さに変わりは無く(知っているとさらにうなずける場合も多いでしょうが)、言葉の意味は、時間の経過によっても重さを失ってはいません。以下、いくつか気に入った言葉をご紹介。
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 故山茶花究が帝劇のエレベーターの中で同乗した女優の顔をゆっくりみまわしてから、そばにいた益田喜頓にささやいた。
「これじゃ、お手伝いさんが少なくなるわけだ」

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 俳優は実生活では軽い化粧カバンさえ持つのをいやがって弟子と称するものに持たせるくせに、演技中には絶えず何かを持ちたがる。(伊丹万作)

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「私は37歳で歳を取るのをやめちゃったのよ。それなのに芸歴35周年記念公演なんていわれると困っちゃう」(山田五十鈴)
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「投網を打つでしょう。それをギューっと自分の方にひっぱってくる、あの気分と似ているわね」
 美空ひばりが客席に歌いかける時のことである。
「でも、その時、自分ってものは消えちゃうの。網の中の魚に、自分もなっちゃわないとダメなのよ」

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市川寿光が光源氏を演じたときにいった。
「光源氏てえのは、義経の弟でござんすか」
こういうのを役者らしいという。

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「わたしは芸人でして、芸術家じゃございません。別に術は使いません」三遊亭円生。
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 六代目菊五郎のイタズラ好きは天下に有名だが、あんまの役で吉右衛門(先代)をもみながら、もむとみせてくすぐる。
 ついにたまりかねた吉右衛門が叫んだ。
「お客さん!六代目が私をくすぐるんです」

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「騒ぐんじゃないよ、気狂いの××××に蜂が飛び込んだみたいだね」(注・原文は伏字なし)
 これはグループサウンズのファンを叱り飛ばしたとき(飯田蝶子)。

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 いまの時代でも、こういった一言を集める才能があるひとは多いと思いますが、いまはそれがネット上に置かれていると思います。それはそれで便利で面白く、また、こうやって過去の言葉を知ることができるのも面白い。言葉は偉大なものです。

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