「夜叉姫伝」全4巻 菊地秀行 (祥伝社・ノン・ポシェット)



 魔界都市・新宿を舞台に、不死の吸血鬼「美姫」と、妖糸を操る人探し屋にしてせんべい屋、秋せつらとの戦いを描いた大作です。
 一冊600Pほどの文庫で4冊という大作なので、ところどころだれるところもあるような気もしますが、キャラクターひとりひとりが魅力的で、飽きません。類型、パターンといってしまえばそれまでかもしれんが、それぞれの性格や行動が、それぞれお好きなひとにはたまらない感じでツボをついてくれるような。わたしは、せつらへの想いを胸に秘めた愛らしくもいじらしい人形娘や、劉貴を愛し灰となってもその傍を離れない秀蘭が好きでした。あと、短い場面しか登場しなかったけれど、にせ高子が死ぬシーンは哀しかったなあ。
 でもなによりも「美姫」が良かった。なによりも美しく、なにもかもに飽いていて、ただ自分の好きなことだけ、気の趣くままに行動することしか望んでいない野生の存在のままの姫。そんな彼女だからこそ、自分の思うがままにならないせつらに執着して、愛して、その愛ゆえにせつらを滅ぼそうと思う。純愛だ。そして、この恐ろしい姫が、のほほんとしたせつらに振り回されてしまういくつかのシーンはなんとも楽しいものでした。
 いわゆるアダルトでエロでバイオレンスで、と語られることも多いこのシリーズですが、それも否定はしないものの、その面だけを見られて敬遠されるのは惜しいなと思います。いわゆる同人女子人気が高いのは、単に美形の男子が多いからというわけでなく、せつらの性格キャラクターなどになんともいえぬ愛らしさがあるからだと思います。あと、やはりロマンがある。ベイ将軍が高子に執着する理由、劉貴の戦士としての気高さ、魔界都市でしか生きられない人々、そのような人々ですら抱え込む魔界都市としての新宿、それは少女趣味めいたリリカルさといってもよいほどです。
 この話の最後、去っていく船を見送るせつらとメフィストのシーンが、この長く激しい戦い続きだった物語をしめくくるのには不釣合いなほどに、静けさと哀しさに満ちているのは、つまりはこれがそういう物語だったからでしょう。

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