「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー(ハヤカワ文庫)



 云わずと知れたハードボイルドの名著です。こういうのって読んだ気になっているけど実は未読だったパターンが多いのですが、これもそんな一冊。結果、やはり名著は読んでおくものです。
 ハードボイルドというと、私立探偵とかバーとか金髪美人とかそういったお定まりのパターンを思い浮かべるひとも多いかもしれませんし、このジャンルでは名高いこの本がそれらのパターンを創り出したのかもしれません。そういう意味で、こういう、いわゆるジャンルものを読むとき、コピーをさんざん味わったあとでオリジナルを後から味わうと、勿体無くもその特色を色褪せて感じることがあるのですが、これに関しては大丈夫です。それらの小道具は重要なものではありますが、核ではないのですね。類型と見せかけて類型でないキャラクターとミステリとしても深みのあるストーリー展開こそが核です。そこがしっかりしているからこそ、小道具が効果的に光るのです。
 例えば、その外見が現す記号だけを取り上げれば、こんなに通俗的な人物もいない金髪の美人、アイリーン・ウェイドにしても、その謎めいた振る舞いと存在の裏づけとなる彼女の人間性を知れば、そこにいるのは、男に都合よく描かれた「夢の女」などでなく、余りにも女性らしいひとりの女性だと深く納得することでしょう。そして彼女が「夢の女」と呼ばれた真の意味の哀しさは本当にせつない。これは哀しい物語です。
 物語の最後に浮かび上がるタイトルの意味とその残酷さに、息が詰まる思いがしました。すれ違う二人の言葉と思い。諦念に満ちた空間のなかで、なにもかもがすでに手遅れなことを、互いに知ってしまった二人が交わすことが出来ることは、永遠の、本当のさよならだけだということ。
 これは哀しい物語です。そして、大人の物語です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする